ウェストミンスタアさ」
「ほんと?」
私は、覚えずくるりと振向いて、窓際の長椅子にいる彼を見た。
「ほんとうにウェストミンスタアなの?」
「ほんとですよ。何故?」
そう云いながら、私の驚いた顔を見ると、彼は、さも可笑しそうに、は、は、と笑い出した。
「まあ! ウェストミンスタアなの、これが!」
やがて、私も、堪らなく笑い始めた。
こんな、がらんどうな古旅舎が、ウェストミンスタアだとは、何という滑稽な皮肉だろう。
私共が、結婚するとき、自分達の小さい部屋を、ウェストミンスタアより尊いところだ、と云い云いしたことがあった。それはもちろん、倫敦《ロンドン》の国立大寺院を指していたのだ。四月頃、欧州へ渡ったら、是非行って見ましょう、と空想していたところだ。それが、大西洋は渡らず、アリゾナの砂漠を横切って、こんなウェストミンスタア・アベーに辿り着いたとは、云い難い一種の淋しさと滑稽とを感じずにはいられないのだ。
初め、陽気に声をあげて笑い出した自分は、だんだん真顔になって、鏡の面を見つめた。
風呂をつかい、さっぱりと髪を結いなおし、軽い絹服に換えると、私は良人と連立って旅舎を出
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