守っているのだ。
 私は思わず良人の方を見た。彼は横顔を向け、カウンタアで、X氏と番頭とが定めた部屋について話している。彼の、知って見ると強いて快活にしているらしい表情が、自分に、「膨《ふく》れずに。膨れずに」と合図をしているように受けとれる。
 夫人は、この家は古くて、派手ではないけれども昔から、静かなのが好きな人の泊るところとして知られているとか、ちょうど手を入れていて散らかっているが、とか、説明される。
 なるほど、三階にとれた我々の部屋は、決して下等とはいわれなかった。家具も間に合わせではない。然し、控え間と寝室とを持ったその一区切りは、余り広く、大業にがらんとしていて、隅々から自分の喋った声が反響でもして来そうに思われる。
 然し自分が、今度の旅行では、特別に旅舎やその他居場所に敏感なのを心付いた私は、丁寧にX氏の手数を感謝した。
 夫妻は、今晩、うちへ晩餐に来るように、一やすみしたら、オールド・ミッションでも見物したらよいだろうと云い置いて帰って行った。

「ここは何という家なの?」
 暫くの後、私は、古風な大鏡の前に立って髪針《ピン》をとりながら、良人に訊いた。
「ここ?
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