ないで大丈夫?」
「大丈夫だとも、見れば判るもの」
「きっかりその前に止って? そうでなければ、いくら見ようとしたって見えないじゃあないの?」
まだか、乗り過ぎたのではないか、と外を見ているうちに、電車は、急に小さい町めいたところに入った。ちらりと、右手に、店が見える。過る窓から自分は目の醒めるような西班牙《スペイン》風のショオルを見た。女がいる。黒い髪と珊瑚のような顔から驚くほど美しい黒眼が笑っている。
自分は、たちまち、「ここよ」と云って立ち上った。
電車が止ると、いそいで降り、後戻りをして店の前まで行って見た。どうしたのか、もうどこにも姿が見えない。
それにしても、何という素晴らしい顔だったろう。柔い金色の髪と水色の瞳ばかりを見なれた眼に、始めて、房々とした黒髪と、ややいかつい、血の多い顔の美が感じられた。
左手に、見事な胡椒の老樹が、三四本、繊細な葉を垂れて茂っている。そこに、五つの鉄架《ベルフリー》と、壊れた細い階段、正面に壁盒とをもった、サン・ガブリエルの外壁が、高く古さびて建っているのである。
ところどころに十字架を翳し、どこにも窓というもののない壮重な建物の外廓は、自然の麗しいパアムや胡椒によって少なからず深い憂鬱を詩化されている。鮮やかな並木の陰を受けて、始めて、漆喰の剥げ落ちて内部の煉瓦が露した色調の寂しい変化も、空虚な鐘架の陰翳も、僧院らしい魅力に生かされている。
牧羊者の持つ頭の曲った杖の先に、古風な駅鈴が、スペイン語の案内札と一緒に懸っている。
我々は、他の十四五人の歴訪者と一緒に、内部を廻って見た。若い、二十一二の男が、妙にぱんぱんな着物を着、一またぎに二段の階子を飛ばしながら、さっさと口上を述べ、部屋から部屋へと通り過るのだ。
私は、良人に、「まるで、京都の三十三間堂ね」と囁いた。
違うと云ったら、京都の案内僧は、説明の抑揚を、
コレハ誰ソレノオ作デ[#横書き、「誰」はアクセント(∨)付き] と細かくつけ、この若者はのべつに、
ディース イーズ アルーム[#横書き、「ディース」の「ー」と、「イーズ」の「イ」と「ー」の間にアクセント(∨)、「アルーム」に上線] と呼ぶという位の差であろう。
せっかく見に来た者の興味も殺してしまう詰らなさで声を張りあげ、ひたすらに義務を終ろうとするのである。
内部の素朴なこと、原
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