て、万事の予定を崩してしまう吉報が来ていはしまいかと、朝起る毎にいい難いストレーンを感じるのだ。
心が、我知らず敏感になった。友が、今度の出来事に対して、どれだけ真実な重大《イムポータンス》さを感じてくれるか、心持の悪いほど、覚らされた。
自分が結婚を決心したときと、今のこととで、私は、平常快活な遊び仲間として、親切で愉快な友人が、しんに、どんな性格と意向をもって生活しているか少し辛辣すぎるほど、知ることが出来た。
次から次へと、深い感動の連続で、紐育を立つべき日はだんだん迫って来る。然し、五日に手紙を貰って以来、故国からは、一葉の葉書さえも来ない。いよいよ立つほかない。
朗らかな小春日和の十八日、自分はなお衷心では思い惑うような感じを抱きながら、自動車に揺られて、停車場に行った。
来年の四月頃になったら、ほんとうの書生旅行でいい、欧州へ行こうと云っていた自分等の希望は、この次何時実現されるのだろう。
闇をついて駛る列車の、明るい車室にカタカタ、カタカタ揺れ、煌く窓硝子を眺め、自分は、思わずその中に写っている良人の顔を見つめた。
同じ汽車で数日を暮すのに、また、ロッキーを越えて行くのは変化がない。ただ通るだけでも南を廻って、シアトルに行こうというので、今度の旅程が定ったのである。
三
夜、十時頃、列車は、いつ聴いても懐しい響を振撒きながらワシントンの停車場に入った。一時間ばかり停車するという。
華盛頓《ワシントン》に着くまでは、と云って、寝台《バース》も作らせずに置いた人々は、皆、外套をつけ、帽子を被って歩廊に下りた。
「少し歩いて御覧になる?」
「ああ、出て見ましょう」
「帽子なしでもいいわね」
素頭に快く夜気を感じながら、私どもは、地下から長い段々を昂《あが》って、待合室の方へ行って見た。
乗込もうとする人は、もう皆、下へ行ってしまったものと見え、広大なウェイティング・ルームには、人影もない。
高い円天井の下に、低く据っている空虚な腰掛の規則正しい列、靴音の反響するやや暗い広間では、白い柱列《コラム》や大きな硝子扉が、淋しく強く眼に写る。
拱廊《アーケード》になった正面入口まで出て見た。が、到る処に、風のない初冬の夜が満ちている。
去年の十二月始め、自分は父に連れられて、四五日をここで費した。そのとき、モント・ヴァ
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