鈍・根・録
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)氷嚢《ひょうのう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)文学的[#「文学的」に傍点]な大きい身ぶりで
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 六月十三日に、ぬがされていた足袋をはき、それから帯をしめ、風呂敷の包みを下げて舗道へ出たら、駒下駄の二つの歯がアスファルトにあたる感じが、一足一足と、異様にはっきり氷嚢《ひょうのう》の下の心臓にこたえた。その時着ていた着物とは全くかかわりなくすっかり夏になりきっている往来のカンカンした日光の強さと、足の裏から体に伝わったその下駄の歯の感覚を、僅かに七八歩あるいただけだがわたしは恐らく一生涯忘れ得ないであろう。
 ペンがこうして原稿紙に当ってゆく抵抗の感じに、すっかりそのままというのではないが、やっぱりその下駄の歯から心臓に伝って来た感覚に似たものがある。書くという動作を意識せずには、書けない。今自分が生活の中から感じていることは、多様で、刻み目も深い。だが、そのどれをも同じほどとことんまで書くことが、可能であるとは云えないのである。

 がらくたが永年つくねてある
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