く揶揄《やゆ》するようなことを云ったが、不図、自分が思わず耳にとめた咳ばらいをして、
「ああ、神官さんに葭江《よしえ》の略伝のようなものをやらなければならんが、お前一寸書いてやってくれないか。その中へこれまで何回も重病をわずらったが奇蹟的に生きたことを入れた方がいいと思うが――」
と云った。
母は多病であったばかりでなく、娘であるわたしが屡々、世間のあたり前の女親が娘に対して示す具体的な情愛について自分の経験とは対蹠的なものとして考えたことがあるような独特な性格をもって、一家の真中に構え、生活していた。
夫婦なかのよい義妹が何かの話のとき、
「ゆうべ、また例のようでね。お父様が、お母様に、お前なぜ一昨年病気したときに死んでしまわなかったのだと云って、涙をおこぼしになったのよ」
とおだやかな口調で云い、云い終るときっと唇を締め、身じろぎをせず私の顔を見つめたことがあった。出かける前か何かで立ったままきいていたわたしは、そのとき、
「ふーむ」
とより答えようがなかった。母が子等とだけ老後を送らなければならなくなったら、それは皆の不幸であろうとわたしが日頃思っていた根柢には、経済的に母が
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