活に明らかに見るのも共によいものである。
 S子の様に、とりとめのない悲しさに(それは、私共の眼から見ればまことに幼いようではあるけれ共)、その日その日を味気なく送って居る人も、
 K子の様に、ああした境遇に自分の好みで落ちて行く人も、皆この地球と云う丸い動く球の上にのって居るのだと思うと、地球と云う者の度量の広さと、寛容さが面白い。
 如何なる罪悪も、善行も、地球は平然として、我胸の上で行わせて居る。
 そして、亡びねばならぬ運命を作ったものは、地球が何の手も出さない内にさっさと亡びてしまう。
 まことに面白い事だと思う。
 その度量の広いと云う事が、我々の様に、細かい事にまで哀れな神経をなやまして居る者は非常に慕わしいのである。
 それはそうと、私は、今早く学校の始まるのを望んで居る。自分の意に満たぬ事はよし多くとも、一日が確に送れると云う事は、その他種々の仕事を、充分にはかどらせてくれる。
 本を読むにしても、数多くのものが早く読めるし、書くにしても量が殖える。
 規則と云う事に或る程度まで縛られなければ人間の充実した生活は送れないとかと云うて居る人は、世の中を重箱にして見る人で
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