いた台所の涼しい板の間を思い浮ばせた。
 小学校が夏休みになると、子供らの中で私一人が田舎のおばあさんのところへ出かけた。東北に向って行く汽車は、その時分黒くて小さかった。私は袴をはいて窓際に腰かける。汽車は一つ一つの駅にガッタンととまり、三分、又五分と停車しながら次第に東京を離れて東北の山野の中へ入って行くのであったが、私にとってこの八時間の旅は、暑いのと、開けた車窓から石炭がらが目に入るのと、弁当を買わなければならないという亢奮事のため、独特の印象をもっていた。構内の空地に生木の匂いの高い木材が柵の遠くの方まで積み重ねられ、そこへカッと斜陽が照りつけ、松林では蝉が鳴きしきっているような午後の人気ない停車場などで、汽車は長い間とまった。そして、蒸気の音ばかりさせる。
 私は居眠りをした。暑くてたまらなくなると、窓から氷を買ってハンケチに包み、それをハンケチの上から吸った。そのハンケチも、汗と煤とで、郡山へ着くまでには真黒であった。
 一ヵ月ほどおばあさんのところで暮すと、私の言葉には田舎の尻上りな調子が、すっかりうつった。東京へかえるときには、きまって枝豆と玉蜀黍《とうもろこし》を入
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング