冒険的なたのしさ。どこまでも響いて、しかも自分たちの声だけしかきこえない静かな眩ゆい崖上の明るさ。そういう子供の官能の陶酔は、にょっきり草の中から半身あらわしたこわい人によって道灌山から遮断された。
田端へ汽車を見に行ったり、こうして道灌山で遊んだりしたとき、子供たちと一緒に来たのは、誰だったのだろう。
母ではなかった。母は美しく肥っていて、歩くのが下手だった。田端の駅まででも俥にのって来た。もとより祖母ではなかったし。――
わたしたちの子供時代、うちにはずいぶんいろんなひとがいた。下島のおじさん。これは祖父の弟で、子供たちが下島のおじさんというものを知るようになってから、いつも長い八の字髭をはやし、色のさめた黒木綿の羽織を着て頬っぺたがときどきピクピクとつる人だった。自分用の小さい中古の急須と茶のみ茶わんとをひと重ねにして、それを手のひらで上から包むようなもちかたでもって、台所へ出て来た。昔風に南側が二間の高窓になっていた、そのかまちの上に急須と茶わんをのせて、七輪の方へ来てやかんをとり、自分ののむ茶をいれた。茶をいれる間も、下島のおじさんは片手を黒木綿の羽織のなかへ懐手した
前へ
次へ
全18ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング