かに臥てでもいたのだったろう。
にょっきり草から半身を現した黒い大きいきたない顔は、ものも云わず笑いもせず、わたしを睨むように見た。私も、二間ばかり離れたこっちから目を据えてその男を見守っている。どっちも動かない。すると、ピクッと、ぼろの間から出た男の裸の肩が動いた。途端に、わたしは全速力でみんなのいる方へ逃げだした。何とも云えず、こわかった。うしろを見るのもこわく、しかし見ないとなおこわくて、ちょいちょいふりかえりながら逃げて、もうつかまっている弟や大人の女のいるところまで辿りついた。
でも、どうして、わたしは、そんなにびっくりし、そんなにこわかったのに、家へかえってから、そのことを母に話さなかったのだろう。一緒に行ったひとが、来たときの道をとおってまた柵の方の道からかえろうとしたとき、わたしは強情に、こわい人がいるから、あっちはいや、と云って、道をかえ、佐竹ケ原をまわってかえって来た。一緒に行ったものも、こわい人、について問題にしなかった。
道灌山の曇りない楽しさは、おびやかされた。青々とはれた空へ翔んでゆきでもするように高い崖から遠くを見晴らすときの面白さ。草をかきわけ走る
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