キれば、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行けないわけはなかっただろう。しかし、伸子がベルリンであった日本の医学者たちがそうであり、ロンドンにいる利根亮輔がそうであるように、蜂谷良作も、絶えずソヴェト同盟というものの存在を意識におきながら、じかに自分でそこの生活にふれることは微妙にさけて来ている人たちの一人なのだった。
「わたしは、こんどの恐慌についても感動なしにいられない。アメリカの繁栄は一九三〇年を包括しないであろう。そう云ったとき、世界の随分たくさんの人たちがフンと思ったろうと思うんです。また、はじまったって。でも、いまは現実でそれが証明されているわ。本質をつかむってことは、ほんとに凄いとわたしは思うの。実につよい、云うに云えない美しさがあるわ」
足早に歩きながら伸子は、ベレーをかぶったおかっぱの頸すじをちょいとちぢめるようにした。
「――もっとも、ちょっと、こわくもあるけれども……」
しばらく黙って歩いてゆく二人の靴音がセイヌの河岸通りの静かな夜に響いた。
「僕は、このごろになってちょくちょく思うんだ。……佐々さんに会うのがおそすぎた」
伸子は思わず、並んで歩いている蜂谷良作の体温が急に自分に近くなったように感じた。
「僕が佐々さんから、どんなに新鮮にされているか、とても佐々さんにはわからないだろうな」
「ものの見かたで?」
「そうばかりじゃなく、万事のやりかたで、……こないだ、クラマールの往来のまんなかで、佐々さんはソヴェトの切手を僕にくれたろう、ああいうやりかた」
蜂谷の会話の調子にひきこまれそうになってゆく自分と、それを知って抵抗する自分とを、伸子は同時に一つ自分のうちに感じた。
「|感傷的な旅行《センチメンタル・ジャーニー》」
伸子はそう思った。そして歩いてゆく夜の街の灯かげを黒いソフトのふちで遮られている蜂谷良作の横顔を見た。蜂谷のぽってりとして、不明確だけれども正直そうな表情を見たら、伸子はかえって気持が自由になり、責任感のようなものを目ざまされた。
「蜂谷さん、少しホームシックなのかもしれないことよ」
ほんとに伸子はそう思った。
「そろそろ、メトロへのりましょうよ。その方が無事よ」
「僕は無事でなんかなくていいんだ」
「だめ! そんな駄々っ子みたいなこと云って……」
伸子は、こだわりの去った笑いかたをした。すると蜂谷良作は、しんからむっとしたような顔を伸子に向けた。
「僕は、決してホームシックなんかじゃない。僕の結婚生活って、そういうんじゃないんだ」
じゃあ、どういうの? 誘われそうになる言葉を、伸子は自制した。日本に暮している蜂谷良作の妻は小児科の女医だった。蜂谷は、いろいろの場合、細君と子供の生活は、彼にかかわりなく自立してゆける方がいいと考えて、そのひとと結婚した。少くとも進歩的な立場で経済学なんかをやってゆこうとすれば、一生のうちに、いつ、どんなことで失職するかもしれない。日本のようなところではもっとわるいことさえ起るかもしれない。それでもいいという人とでなければ、いざというとき、財産もない自分に結婚なんかできない。いつだったか伸子は蜂谷良作からそういう話を、きいたことがあった。
「トミ子は、しっかりものかもしれないけれど、時によるとやりきれないぐらい経済主義なんだ」
「もしそうなら、それはあなたの責任じゃない?」
伸子は、蜂谷良作のわきからはなれ、彼と足をあわせるのをやめて歩きだした。
「そういう話はおやめにしましょうよ――賛成して頂戴」
「…………」
「こんなこと話していつまでも歩いているの、なんだかいや」
デピュテの角で地下電車の停車場へゆっくり石段を降りてゆきながら、伸子は、
「蜂谷さん、約束して」
と云った。
「わたしたち、センチメンタルにならないって約束しましょうよ、その方がいいわ」
電車が出て行ったばかりのところと見えて、プラットフォームにはまばらに乗客が待っている。蜂谷良作は伸子の前を往ったり来たりした。
「こんやの佐々さんは、いやに何でも避けるんだなあ」
彼は伸子の前にぴったり立ちどまった。
「僕は第一ホームシックで云っているんじゃない。それから、あなたのいうようにセンチメンタルになっているんでもない。それだけは承認して下さい」
「――むずかしい註文だわ」
云っている言葉のがんこさに似あわず、伸子は優しい目つきだった。
「わたしは、そう感じないんですもの」
ベルネの家の、鉄門のくぐりの外まで蜂谷良作は伸子を送って来た。
「じゃ、さようなら、どうもありがとう」
門を入って行こうとする伸子のあとを追って、
「あした、五時、やるんでしょう?」
蜂谷が声をかけた。資本論の講義のことだった。
「あなたは?」
「僕はもちろんつづける」
「じゃ、どうぞ。わたしもいいわ」
門から玄関までの、小砂利をしきつめた爪先のぼりの小道をふんでゆく伸子の足音の中で、蜂谷良作の重い靴音が往来の彼方へ遠ざかった。
九
蜂谷良作は伸子と歩くことを迷惑がらなすぎる――
一日外を歩いて来て、ほこりっぽくなった顔をすっかり洗い、おかっぱの髪にブラッシュをかけ、体も拭き、さっぱりした寝間着姿になって寝床によこたわりながら、伸子は天井を見ていた。室内には電燈が明るくついていて、枕元の小テーブルの上では白い猿の前肢に、伸子が手くびからはずしてかけた腕時計がかがやいている。
「僕は無事でなんかなくていいんだ」
そう云った蜂谷良作のおしつけられた声と、そう云いながら自分のわきを歩いていた蜂谷良作の重い体の感じが、伸子の感覚に印象されている。でも、どうして彼は、伸子が柔かくこまった気持になりながら、同時にその半面で批評的にならされたほど感情的だったのだろう。
素子がパリにいた夏のころ、クラマールの終電車にのりそこなった蜂谷が、ヴォージラールのホテルで素子の部屋へ泊ったことがあった。夜なかまで三人は露台のところで話していた。何でもなく、さっぱりとあれこれのことを話していた。
伸子ひとりがロンドンからパリへ帰って来て、モンソー公園を一緒に散歩したりしたとき、蜂谷には、格別なところがなかった。伸子は、そういう彼に安心して、親しいこころもちをもった。
伸子が彼との間に求めているのは、あぶなっかしいところのない友達としての感情だった。女同士の友達で女が感じあうものとは、自然どこかちがった趣のある男の友達としての蜂谷良作を、伸子は親しく感じているのだった。クラマールへ越して来る前後から、蜂谷良作は伸子の日常生活の習慣のなかに、きまった場所を占めるようになった。伸子はそれを拒絶していない。だからと云って、伸子は蜂谷に魅せられているのではないのだった。蜂谷良作は、伸子にとって、魅力があるというたちのひとではない。きわだった魅力というようなものがなく、誰の目にも彼の人柄として映っているあたりまえの身なり、あたりまえの向学心、そのすべての彼のあたりまえさが、伸子にとっての親しさであった。
こんやは、そのあたりまえの蜂谷良作から、ちらり、ちらりと、低く揺れている焔の舌のようなものが閃いた。その焔は伸子がかきたてたのだろうか。伸子はそう思えなかった。クラマールの往来のまんなかで、伸子が、きれいなソヴェトの切手を蜂谷にやった。そして、二人は往来に立ちどまって、その小さくていきいきとしたきれいなものをのぞきこんだ。蜂谷良作だから、伸子はそうしたのだったろうか。伸子は、自分の気に入っているものをやりたいと思うような人に対してだったら、誰にでも、あんな風に感興をもって行動するたちだった。蜂谷が、そういうたちの女として伸子を理解しないで、特別彼にだけ、彼がすきだから伸子があんな風にしたと解釈しているとすれば、それは彼のあたりまえさのうちの、乙下の部分で、凡庸だ、と伸子は思った。理づめな蜂谷は、ともかく伸子が自分を好きなのにはちがいないだろうと、つめよるかもしれない。もし彼がそんなことを云ってつめよったら、あんまり中学生だ。いたずらっぽい眼をして、伸子は明るい寝台の上に仰向いたまま素直に笑った。きらいでない、という線からはじまるひろくぼんやりしたこころもちの、どの地点に蜂谷良作はおかれるのだろう。伸子の感情に、恋のかげはちっともさしこんでいないのだった。自分の心が恋にとらわれていないことをはっきり知っている伸子は、おちついて、こまかい景色のあらわれはじめた感情の小道について、吟味をつづけた。その過程で無意識にあまやかされながら。
蜂谷良作が、細君にふれて話したのは、伸子をいやに感じさせることだった。蜂谷の細君と伸子とは互にあったことさえなくて、まるで別なものなのだし、蜂谷にとっても全く別な角度で存在しているもののはずだのに、細君と伸子とをおきならべ見てでもいるような比べかたで彼が話した。そのことは、伸子を傷つける。伸子にとって、蜂谷良作の細君であるという女の立場は、全然関心がないのだ。――
永い間大きい寝台の真中で仰向いていた伸子は、清潔なシーツの間で勢よく寝がえりをうって体をよこにした。あした、もしそんな折があったら、蜂谷良作にはっきりそう云おう。伸子はゆっくりと辿っていた考えに、しめくくりをつけた。伸子の気持を誤解しないように、ということを。もう一つは、彼が伸子に興味をひかれている点を分析してみれば、そこには伸子の生れつきそのものよりも、伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で暮して来ている女であるということからつけ加えられている、さまざまの要素があるという事実に着目して、蜂谷が現実的な気分になるようにしようと思うのだった。それらの要素が、伸子を蜂谷の細君とちがう一人の日本の女にしているのはほんとうであるかもしれないし、また蜂谷がフランスへ来てから知って来ているに相異ないどこかの女とも、当然、ちがう伸子であらせているだろう。そこには、微妙ないりくんだものがある。伸子が蜂谷にソヴェト同盟の切手をやる気持になったのも、彼がすき、という動機からだとばかり考えるとしたら、それは二人の間にある事実ではないのだから。――一九二九年の十月二十九日という恐慌の日がなかったら、そして、伸子が、ソヴェト同盟を中心に目ざめはじめている人類の理性のたしかさに感動することがなかったら、蜂谷は、あの一枚の水色と赤と白の切手を伸子からもらう機会はなかっただろう。そのことを、彼は理解しなければいけない。伸子はそう思うのだった。そういう機会に、そんなやりかたで感動をつたえるのが伸子のたちだということは、もう一つ別の事実にちがいないけれども。
翌日の夕刻、おきまりの講義に来たとき、蜂谷良作は、いつもよりいくらか自分自身に対して気むずかしげな表情だった。昨夜の気分は明らかに遠ざけようとされていた。彼は幾分ぎごちなく伸子の質問に答え、ブリアンにかわって新しく組閣されたばかりのタルデュー内閣がもっている困難について説明した。フーヴァーの資本・労働協約《キャピタル・レーバア・パクト》は、現にアメリカ国内生産の矛盾と対立とを鋭く意識させる役に立っているばかりであり、フランスの資本主義は、自動車生産の部門から恐慌の影響を示しはじめている。毎土曜と日曜の夜エッフェル塔にイルミネーションをきらめかせて、6シリンダー・6・6・シトロエン・6とせわしく広告しているシトロエン自動車会社、エッフェル塔の上に火事のまねを描き出しその火の上へ滝のように水が落ちかかる仕掛けイルミネーションをつかってまで人目に訴えているシトロエンはじめ、フランスの自動車会社は、フォードの価下げによる深刻な打撃をさけられない。日本生糸のアメリカ向輸出はがた落ちだが、浜口内閣は、来年一月に金解禁をするという公約を実行しようとしている。金解禁とともに浜口内閣は、日本の小企業者と労働大衆にとってはっきりと失業を意味する産業の合理化を示している。しかし同じ産業の合理化が、大資本家にとっては、国営企業を名目だけの価格で個人の大資本家たちの所
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