−7−82]生活の歴史的な立体性は、伸子の全知識と感覚をめざましく活動させ、なお、もっともっとと、生きる感興を誘い出しているのであった。そういう熱中で、おのずと素子に迫ってゆく伸子を、素子は、絶えず自分から一定の距離に置こうとしているようだった。
 新聞の場合ばかりでなかった。
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へついて三四日したとき、どうかして素子の外套のカラーボタンがとれて失くなってしまった。素子は、
「ぶこちゃん、見物がてら買っといでよ」
と云った。
「あらァ、それは無理よ」
 伸子は冗談のように甘えて、首をふった。
「ボタンなんて言葉、ベルリッツの本に出ていなかったわ」
「そのために字引もって来たんじゃないか。ひいて御覧」
 そう云われるといちごんもなくて和露の字引をひいて、伸子はその字を見つけ出した。
「あったろう?」
「あったわ」
「それで、いいじゃないか。さ、行っといでよ」
 片仮名でボタンという字と茶色という字を書きつけた紙片をもって伸子は、トゥウェルスカヤの通りへ出た。そして、衣料品の販売店を見つけ出して、どうにか茶色の大ボタンを買って来た。ちょいとした食
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