桙ノは在宅。来訪を待つ。部屋主からの事務的な通知だが、伸子たちはそのアドレスを見て、
「まあ!」
と、手紙の上に集めていた二つの頭をはなして互の顔を見合わせた。
「またあの建物の中よ! なんて縁があるんでしょう!」タイプライターの字が、アストージェンカ一番地とあった。
「じゃ、またあのフラム・フリスタの金の円屋根ね」
「さあ」
素子が実際家らしく、思案した。
「そうとも限るまい。だって、こっちはクワルティーラ(アパートメント)五八とあるもの」
また伸子が下検分の役だった。
六ヵ月ぶりで来てみるとアストージェンカの街角には、やっぱり黒地にコムナールと大きく白字で書いた看板をかかげた食糧販売店の店が開かれており、そのわきからはじまる並木道の樹々は、葉をふるいおとした梢のこまかい枝で冬空に黒いレース模様を編みだしている。フラム・フリスタ・スパシーチェリヤの石垣の下に春ごろ、空のまま放られていたキオスク(屋台店)に、人がはいっていまは新聞だのタバコ、つり下げたソーセージなどを売っていた。
一番地の板がこいには、まだ「この中に便所なし」と書いた紙がはりつけられている。
伸子は、そこを出
前へ
次へ
全1745ページ中541ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング