フ白い書簡箋を素子にわたして、伸子は両手で顔をおおった。

        五

 伸子は、思いにとらわれた心でパンシオン・ソモロフの食卓につらなっていた。妙に長くて人目立つ鼻にお白粉を塗って、白ヴォイルのブラウスの胸に造花の飾りをつけたエレーナ・ニコライエヴナが、小さくて黒く光る眼をせわしく動かしながら耳だつ声でトルストイが最後に家出した気持は理解できるとか出来ないとか盛に喋っている。あの雨の日のヴェランダで伸子の手をつかんで蝙蝠の羽ばたきのようにマズルカをおどった老嬢エレーナは、彼女の休暇を終って美術館の仕事に戻って行った。新しく来たエレーナ・ニコライエヴナは、レーニングラードのどこかの映画館でプログラム売りをしていた。三十三四になっている彼女は、自分からそのいかがわしい職業を披露した。彼女の出生がいいためにソヴェト社会ではそんな半端な職業しか許されない、と軽蔑をこめた註釈を添えて。
 香水をにおわせているエレーナ・ニコライエヴナとトルストイ論の相手をしているのはリザ・フョードロヴナの良人《おっと》の技師であった。すぐ隣りの席で、だまったまま薄笑いしている歴史教授リジンスキーをとば
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