ヘつまるところ保のために何もしなかった。自分はソヴェトへ来てしまった。――自分が生きるために。
 自分の悲しみに鞭をあて、感傷の皮をひっぺがそうとするように、伸子はきびしく先をよんで行った。父の手紙には、悲歎にくれる多計代の姿はひとつも語られていなかった。桜山へ行った青年から保が来ていないかときかれて、あることを直覚した母は、つづけて届いた保キトク、保シキョの電報を、むしろ落付いてうけとった。母は急遽つや子同伴、桜山より帰京した。その夜は、清浄無垢な保に対面するには心の準備がいるとて一夜を寝室にこもり、翌朝はやく紋服に着かえ、保の柩《ひつぎ》の安置されている室へ入った。
 伸子はそのくだりをよんで恐ろしいような気がした。多計代の悲しみかたは、泰造や伸子のむきだしのおどろきや涙と何とちがっているだろう。死んだ保を崇高なものとして、保のその心は自分にだけわかっていたというように、とりみださなかった母としての多計代の態度は伸子を恐怖させた。多計代が悲歎にとりみださなかったということは、伸子に、口に言えない疑惑をもたせた。多計代は、いつか保が生きていなくなることをひそかに覚悟していたとでもいう
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