フ心に憧れがさまされた。アンナ・シーモヴァのあの歓喜のある生きかた。ひとまで幸福にするあの清冽な幸福感。
「アンナ・シーモヴァって、いいわねえ。あのひとは、ほんとに生きているという感じがぴちぴちしている。――そう思わない?」
 レーニングラードの白夜もややすぎかけて薄暗くなりはじめた夜ふけの窓によりかかり、ネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からの風にふかれながら、部屋靴にくつろいだ伸子が、ひかれる心を抑えかねるように素子に云った。
「あんな風に生きるってこと――羨しくない?」
 素子は、正面から噴水のしぶきでもあびたときのように、伸子の横溢の前にちょっと息をひくようにした。
「そりゃ、あのひとはほんものさね」
「あんな人に会えたの、思いがけないことだったわねえ」
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で暮した六ヵ月あまりの間に、その面影が伸子の心に刻まれたひとが無いわけではなかった。正体のわからないような三重顎のクラウデに紹介されて、ホテル・メトロポリタンのごみっぽい室で会った中国の女博士リンの思い出は、そのときの情景を思い出すごとに伸子をしんみりと真面目にした。あなたの
前へ 次へ
全1745ページ中412ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング