でしかなかった。
「これじゃ仕様がない、ぶこちゃん、電気つけようよ」
 スイッチを押し、灯をつけてから、伸子はドアをあけて首だけ出すようにホテルの廊下をのぞいた。くらい十二月の朝の気配や降る雪にすべての物音を消されている外界の様子が伸子にもの珍しかった。廊下のはずれにバケツを下げた掃除女の姿が見えるばかりだった。廊下をへだてた斜向《はすむか》いの室のドアもまだしまったままで、廊下のはじにニッケルのサモワールが出してあった。サモワールは、ゆうべ秋山宇一が彼の室へとりよせて瀬川雅夫などと一緒に、伸子たちをもてなしてくれたその名残りだった。
 ドアをしめて戻ると、伸子は腑《ふ》におちない風で、
「まだみんな寝てるのかしら――」
と小声を出した。
「まるでひっそりよ」
「ふうん」
 ゆっくりかまえていた素子は、
「どれ」
とおき上ると、わきの椅子の背にぬぎかけてあったものを一つ一つとって手早く身仕度をととのえはじめた。

 二人で廊下へ出てみても、やっぱり森閑として人気がない。伸子たちは、ドアの上に57という室番号が小さい楕円形の瀬戸ものに書いてある一室をノックした。
「はい」
 几帳面なロシ
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