ほほえみが浮んだ。ふる雪の中をゆっくり歩いている歩哨は、あとからあとからとおちて来る雪に向って、血色のいい若い顔をいくらか仰向かせ、わざと顔に雪をあてるような恰好で歩いている。若い歩哨は雪がすきらしかった。自分たちの国のゆたかで荘重な冬の季節を愛していて、体の暖い若い顔にかかる雪がうれしいのだろう。雪のすきな伸子には、歩哨の若者が顔を雪にあてる感情がわかるようだった。
「――ぶこちゃん?」
うしろで、目をさましたばかりの素子の声がした。伸子は、カーテンをもち上げていたところから頭をひっこめた。
「めがさめた?」
「あーあよくねた、何時ごろなんだろう」
そう云えば伸子もまだ時計をみていなかった。
「八時半だわ」
素子は一寸の間黙っていたが、ベッドに横になったまま、
「カーテンあけてみないか」
と云った。伸子は、重く大きい海老《えび》茶木綿の綾織カーテンを勢よくひいた。狭いその一室に外光がさしこんだ。雪のふりしきる窓の全景があらわれ、うす緑色の塗料でぬられている彼女たちの室の壁が明るくなった。しかし、その明るさは大きい窓ガラス越しにふる雪の白さがかえって際だって見えるという程の明るさ
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