Jニズムだった。最新式の厨房工場《フアブリカ・クーフニャ》でも、伸子はそこで一日に幾千人分の食事が用意されどんなスティーム鍋がつかわれているかということを見た。そして、その工場はどういう各部の担当にわかれていて、そこに文学サークルと共産党細胞と組合地区委員会がある、ということを、長い廊下を案内されつつ理解した。また伸子は白い上っぱりと帽子をつけて大活動をしている三十人の人民栄養労働組合員も見たのであったけれども、みんなの活動があんまりきびしく組織されて居り、その活動にゆるみがなくて、伸子にふれて来るのは、一つの系統だてられた活動そのものだけで、活動している人の肌合いというようなものではなかった。児童図書館でさえも、それは同じだった。迅くまわっている自転車の輪のこまかい一本一本のスポークスが目にとまらないように、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で、人々は、一人一人が活動のなかへ消えこんでいるほどはげしく活動しつづけている。
スモーリヌィへ行って、伸子たちは、はじめてレーニングラードの、テムポを理解した。スモーリヌィはもと貴族女学校で、十月革命の頃、ここに全露ソヴェトがおかれ
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