符が駄目でしょう?」
イワノフの『装甲列車』は日本に翻訳されていて、伸子も読んだ。
「切符は、わたしのところにありますよ」
「そりゃあ――それを頂けますか」
「丁度三枚あるから、お役に立てましょう」
伸子は、
「うれしいこと!」
心からよろこばしそうな眼つきをした。
「宿望の|М《ム》・|Х《ハ》・|Т《ト》が今夜観られるのは、ありがたいですね」
「そうそう、吉見さんはチェホフの手紙を訳しておられましたね」
それで、素子が芸術座へ関心をもつ気持もなおよくわかるという風に瀬川が云った。そうきまると、秋山は言葉をおしまないで、その芝居の見事さを賞讚しはじめた。
「あれは、観ておくべきものですよ。実に立派です」
小さい両手を握り合わすようにして強調する秋山を見て、伸子は、秋山宇一というひとは、どういう性格なのだろうと思った。けさ、|ВОКС《ヴオクス》へ行くときも、実際にそれを云い出し、誘ってくれたのは瀬川雅夫であった。瀬川がそれを云い出し、行くときまってから、|ВОКС《ヴオクス》訪問の重要さを力説したのは秋山であった。いま、このテーブルで、|М《ム》・|Х《ハ》・|Т《ト》の話
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