くて丈夫で、比較的重くもないという猿の毛皮を買ったとき、それを世話してくれたのは素子の友人の新聞記者であった。その場のなりゆきから、伸子は外套のたけをやかましく計らずに猿の毛皮をつけてもらってしまった。長すぎて幅もしっくりしない黒外套を重そうにひきずった小さい丸い自分の恰好を考えると、伸子は、他人の感じるユーモアを、われには微かにきまりわるく思っているのだった。
 デザートに出た乾杏や梅、なつめなどの砂糖煮をたべていると、瀬川が腕時計を一寸みて、
「秋山さん、こんやは|М《ム》・|Х《ハ》・|Т《ト》(モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]芸術座)へ行かれますか」
と、きいた。
「さあ……」
「切符、この間、あなたもおもらいでしょう?」
「あったかね――内海君」
「…………」
 内海は、首をかしげて黙ったまま思い出そうとするようにした。
「今夜は、『装甲列車』なんです――どうです、お二人は――みに行かれませんか」
 瀬川にそう云われて、芝居ずきの素子が、すこし上気した顔になった。
「よわったなあ」
と例の、下顎を撫であげる手つきをした。
「是非観たいけれど――今からじゃ、とても切
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