ト一人の女の内面ふかく作用しながら生かしているモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]として印象記を描き出す力は、伸子にまだなかった。伸子には影響をうけつつある自分がまだはっきり自分につかめていなかった。伸子はおのずからの選択で主題を限ってその印象記を書いているのだった。
 伸子が、復活祭《パスハ》の夜群集の中で目撃した婆さんと若い娘の口争いをかき終ったときだった。ドアをたたくものがあった。
「はいっていいですか」
 ニューラのしめっぽい声がした。伸子はけさの泥棒さわぎを思い出した。警察犬が来たのかと思った。そういう職業人に、その人々によめない日本字でうずめられた原稿を見られたくなかった。伸子はいそいで椅子から立ち、紙ばさみのなかへ原稿をしまいながら、
「お入りなさい」
 改まった声をだした。
 入って来たのはニューラだけだった。泣いて唇の腫《は》れあがった顔つきではいって来た。
「どうしたの? ニューラ」
 また椅子に腰をおろした伸子のわきに、だまって自分の体をくっつけるようにして佇んだ。ニューラの着ているものからは、かすかに台所の匂いがした。警察犬が、いま来るかいま来るかと思い
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