謔、に伸子はアストージェンカへの道を行った。
 ソヴェトの人たちが、ゴーリキイを我らの作家として認めている。それにはどんなに深く根ざした必然があるだろう。歩きながらも伸子はそのことを思わずにいられなかった。
 ソヴェトに子供の家のあること、児童図書館のあること。働く青年男女のために大学が開放されていること。ソヴェトの民衆は自分たちの努力と犠牲とでそういう社会を組み立てはじめたことについて誇りとよろこびとを感じている。少年時代のゴーリキイの日々は、ソヴェトの表現でベスプリゾールヌイ(保護者なき子)と云われる浮浪の子供たちの生活だった。ヴォルガ通いの汽船の料理番から本をよむことを習って大きくなったゴーリキイは、ソヴェトに出来はじめている児童図書館の事業を自分のやきつくような思い出とともに見守っているのだ。そしてすべての働く若もののために大学があることを。「私の大学」でない大学がソヴェトに出来たことを。
 ゴーリキイは、生きるために、そして人間であるためにたたかわなければならなかった。ロシアの人民みんながそのたたかいを経なければならなかったとおり。そしてゴーリキイの物語は、どれもみんなその人
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