フだった。
 その展覧会はやっときのう開かれたばかりだった。まだ邪魔になるほどの人もいない明るくしずかな会場のそこのところを、伸子は一二度小戻りして眺めた。有名になり、作品があらわれてからのゴーリキイは、こんなに写真にとられ、その存在はすべての人から関心をもたれている。だけれども、それまでのゴーリキイ、生きるためにあんなに骨を折らなければならなかった子供のゴーリキイ。卑猥《ひわい》で無智だったパン焼職人の若い衆仲間のなかで、遂に死のうとしたほど苦しがっていた青年時代のゴーリキイ。それらの最も苦しかった時代のゴーリキイの写真は一枚もなくて、ただ彼の生へのたたかいのその背景となった町々ばかりが写されているということに、伸子はその場を去りがたい感銘をうけた。ありふれた世間のなかに、そのひとの道がきまったとき、人々はそのものの存在のために場所をあけ、賞讚さえ惜しまれず無数の写真をあらそってうつす。けれども、まだゴーリキイが子供で、その子がその境遇の中で、生きとおせるものか、生きとおせないものか、それさえ確かでなく餓えとたたかい悪とたたかってごみすて場をさまよっていたとき、そして、若いものになっ
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