B
 黒い鍔びろ帽子を少しあみだにかぶって、ルバーシカの上に外套をひっかけ、日本の読者にもなじみの深いゴーリキイが、芸術家風というよりはむしろロシアの職人じみた長髪で、その荒削りの姿を写真の上に現しはじめたのは一九〇〇年になってからだった。その頃から急にどっさり、華々しい顔ぶれで撮影されている。記念写真のどれを見ても、当時のロシアとヨーロッパの真面目な人々が、ゴーリキイの出現に対して抱いた感動が伝えられていた。気むずかしげに角ばった老齢の大作家トルストイ。穏和なつよさと聰明のあふれているチェホフ。芸術座によって新しい劇運動をおこしはじめたスタニスラフスキーやダンチェンコ。だれもかれも、ロシアの人特有の本気さでゴーリキイとともに[#「ゴーリキイとともに」に傍点]レンズに顔をむけてうつされている。「マカール・チュードラ」「鷹の歌」「三人」やがて「小市民」と「どん底」などの古い版が数々の記念写真の下の台に陳列されはじめている。ゴーリキイは、ツァーの専制の下で無智と野蛮の中に生を浪費していた人民の中から、「非凡、善、不屈、美と名づけられる細片」をあつめ描きだした、と解説は感動をこめて云っている
前へ 次へ
全1745ページ中290ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング