子に深い印象を与えた。
 日本の大使館は、どことなく不揃いで、その不揃いなところに趣のある淋しい通りの右側に、どっしりした門と内庭と馬車まわしとをもって建っていた。伸子たちは、車よせのついた表玄関の手前にある一つの入口から、いきなり二階の事務室の前の廊下へ出た。瀬川の紹介で、伸子たちは、自分たちの姓名、住所をかき、郵便物の保管をたのんだ。参事官である人は外出中で、伸子はその人の友人である文明社の社長から、貰って来た紹介状は出さないまま帰途についた。

 ホテルに戻った三人は、そのままどやどやと秋山宇一の室へ入って行った。
「や、おかえんなさい」
「どうでした、おひげさんを見て来ましたか」
 面白そうに秋山が小さい眼を輝かしてすぐ訊いた。
「おひげさんて?」
「ああ、あのアルメニア美人は上唇のわきに髭があるんです」
 そう云えば、赤い円い上唇の上に和毛《にこげ》のかげがあった。|ВОКС《ヴオクス》の美人については、秋山宇一がこまかい点まで見きわめているのが可笑《おか》しかった。
「会いました……いきいきした人ね」
「なかなか大したものでしょう」
 内海厚が、生真面目な表情に一種のニュア
前へ 次へ
全1745ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング