d度が出来ました」
コップや急須をのせた盆をもち、水色エナメルやかんを下げて入って来る。伸子たちは、朝と夜の茶の仕度だけをルイバコフの台所でして貰って、正餐《アベード》は外でたべた。伸子たちもいまは勤め人なみの配給手帖で、イクラや塩漬胡瓜を買うばかりでなく、生活の基本になるパンや茶・砂糖類を自分で買っていた。お茶のとき、伸子はアストージェンカの食料販売所ではじめて見つけて来た酸化乳(プロスト・クワシャ)のコップを二つ窓枠のところからもって来ながら、
「秋山さんたちどうしてるでしょうね」
と云った。伸子たちがパッサージ・ホテルをひきあげてアストージェンカに移るときまったとき、秋山宇一は記念のために、と云って、ウクライナの民謡集を一冊くれた。それは、水色の表紙に特色のあるウクライナ刺繍の図案のついた見事な大判の本だった。
「これは、あるロシア民謡の研究家がわたしにくれたものですがね」
その扉にエスペラントと日本字で、ゆっくりサインをしながら秋山宇一が言った。
「わたしがもっていても仕様がないですからね」
楽譜づきで、ウクライナの民謡が紹介してある本だった。秋山宇一は、メーデーをみてか
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