モ寺院)とよばれていて、一八一二年、ナポレオンがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を敗走したあと、ロシアの勝利の記念のために建てられたものだった。ロシアじゅうから種類のちがう大理石を運びあつめてその大建造がされたこと、大円屋根が本ものの金でふかれていること、大小六つの鐘の音は特別美しく響いて聳えている鐘楼からモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の果まできこえる、ということなどでこの寺院はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の一つの有名物らしかった。ナポレオンが、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の焼けるのをその上に立って眺めたという雀ケ丘と、遙かに相対す位置に建てられたというから、おそらく十九世紀はじめのアストージェンカは、クレムリンの城壁を出はずれたモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河岸の寂しく郊外めいた一画であったのだろう。そして、遊山がてら、フラム・フリスタ・スパシーチェリヤを見に来るモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]人たちは、きっと雪のつもった並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》に橇の鈴をならしてやって
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