いるとみえて、格別こだわったところもない風で彼女に丁重に握手し、それから伸子、素子を紹介した。夫人は、
「お目にかかって大変うれしゅうございます」
と云ったきりだった。最近の観光小旅行について瀬川がいかにも大学教授らしい長い文章で礼をのべ、それから立って壁ぎわの椅子においてあった風呂敷づつみをといて、大事にもって来た二尺足らずの箱を運んで来た。その桐箱は人形箱であった。ガラスのふたをずらせると、なかから、見事な本染めの振袖をつけ、肩に藤の花枝をかついで紅緒の塗笠をかぶった藤娘が出て来た。瀬川は、一尺五六寸もあるその精巧な人形をカーメネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夫人のデスクの上に立たせた。
「おちかづきになりました記念のために。また、ソヴェトと日本の文化の一層の親睦のために」
 暗色のカーメネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夫人の顔に、かすかではあるがまじりけのない物珍しさがあらわれた。
「大変きれいです!」
 その言葉のアクセントだけに、感歎のこころをあらわしながら、カーメネ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]夫人は、よりかかっていた回転椅子から上体をおこし、藤娘の
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