Aさばけたところがあるのに――。ある意味じゃ、わたしよりずっとさばけているのに、変ねえ……キタヤンカだけには、そんなにむらむらするなんて……」
「…………」
伸子を見かえした素子の瞳のなかにはふたたび緊張があらわれた。
伸子が五つ六つの頃、よく支那人のひとさらいの話でおどかされたことがあった。けれども、現実に幼い伸子の見馴れた支那人は、動坂のうちへ反物を売りに来る弁髪のながい太った支那の商人だった。その太った男は、いつも俥にのって来た。そして、日本のひとのように膝かけはかけないで、黒い布でこしらえた沓《くつ》をはいた両足をひろげた間に、大きい反物包みをはさんでいた。弁髪の頭の上に、赤い実のような円い飾りのついた黒い帽子をかぶっていて、俥にのったり降りたりするとき、ながい弁髪は、ちょいと、碧《あお》い緞子《どんす》の長上着の胸のところへたくしこまれた。この反物売の支那人は、
「ジョーチャン、こんにちは」
と、いつも伸子に笑って挨拶した。玄関の畳の上へあがって、いろいろの布地をひろげた。父が外国へ行っていて経済のつまっている若い母は、美しい支那の織物を手にとって眺めては、あきらめて下へ
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