ニングラードの日本語教授コンラード夫妻が東京へ来たとき、ひらかれた歓迎会の席へ、日本語の達者な外交官の一人としてクラウデも出席していた。黒い背広をどことなしタクシードのような感じに着こなして、ほんとに三重にたたまってたれている顎を七面鳥の肉髯のようにふるわしながら流暢《りゅうちょう》な日本語で話すクラウデの風※[#「耒−人」、第3水準1−14−6]《ふうぼう》は、そのみがきのかかり工合といい、いかにも花柳界に馴れた外国人の感じだった。その席でそういう印象を受けたぎり、人づき合いのせまい伸子は、いつクラウデがロシアへかえったのかもしらなかった。
 ところが、伸子がこっちへ来てから間もないある晩、芸術座の廊下で声をかけた男があった。それがクラウデであった。三重にたたまっておもく垂れた顎をふるわしてものをいうところは元のままであったが、そのときのクラウデには、東京で逢ったときの、あの居心地わるいほどつるつるした艷はなくなっていた。彼の着ている背広もあたりまえの背広に見えた。クラウデはまた日本文学の夕べにも来ていた。そして、いま、またこのサヴォイ・ホテルの廊下で出あったのだった。クラウデは、愛
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