った。歩哨の兵士のきているのによく似た裏毛の防寒外套の胸をはだけたまま、不精ひげの生えた頬っぺたの両側に防寒帽のたれをばたつかせたまま、馬子は、
「ダワイ! ダワイ! ダワイ!」
と太い声で馬をはげまし、轅《ながえ》のところへ手をそえて自分も全身の力を出しながら、傾斜した渡板のむこうへ馬をわたらした。ダワイということばは、呉れ、という意味だとならった。馬子は、いかにも元気の出そうな調子でダワイ、ダワイと叫んだけれど、それはどういう意味なのだろう。一足おくれていた伸子に、
「ぶこちゃん!」
 素子が大きい声でよんだ。ホテルを出たばかりの街角に、三台橇が客待ちしていた。その一台に、素子がのりかけているところだった。日本風呂敷に包んだ大きい箱のようなものをわきにかかえた瀬川雅夫が、素子と並んでかけた。
「ぶこちゃん、前へ立つんだよ」
「どこへ?」
「ここへ――十分立てますよ」
 瀬川雅夫が防寒上靴をはいた足をひっこめながら云った。
「ほんの六七分のところだから大丈夫ですよ。却って面白いじゃないですか。……ほら、こうして」
 箱を素子にあずけ、瀬川は素子を自分の膝に半ばかけさせるようにした。

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