ふりむいて、
「あなたのロシア語は、だいぶ上達が速いそうじゃないか」
と云った。伸子は、自分が文盲撲滅協会の出版物ばかり読んでいることを話した。
「ハハハハ。なるほど。そういう点でもここは便利に出来ている。――お父さんに会ったら、よくあなたの様子を話してあげますよ。安心されるだろう」
 その広い部屋から鍵のてになった控間の方にも、相当の人がいる。みんな日本人ばかりで、伸子はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来てからはじめて、これだけの日本人がかたまっているところをみた。小規模なモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大使館の全員よりも、いまサヴォイに来ている日本人の方が多勢のようだった。藤堂駿平のそばから控間の方へ来て、帰る前、すこしの間を椅子にかけてあたりを眺めていた伸子のよこへ、黒い背広をきた中背の男が近づいて来た。
「失礼ですが――佐々伸子さんですか?」
「ええ」
「いかがです、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]は――」
 そう云いながら伸子のよこに空いていた椅子にかけ、その人は名刺を出した。名刺には比田礼二とあり、ベルリンの朝日新聞特派員の肩がきがつい
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