されて来ていたが、日本側のこまかい観かた[#「こまかい観かた」に傍点]の存在やその意味方法については、ひとことも話されるのをきいていなかった。
 階段に人気のないのを幸い、伸子は紫羽織のたもとを片々ずつつかんだ手を、右、左、と大きくふりながら、一段ずつ階段をとばして登って行った。二人しかいないホテルの給仕たちは、三階や四階へものを運ぶとき、どっさりものをのせた大盆をそばやの出前もちのように逆手で肩の上へ支え、片手にうすよごれたナプキンを振りまわしながら、癇のたった眼つきで、今伸子がまねをしているように一またぎに二段ずつ階段をとばして登った。

        四

 その年の正月早々、藤堂駿平がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た。これは、伸子たちにとっても一つの思いがけない出来事だった。三ヵ月ばかり前、旅券の裏書のことで、伸子が父の泰造と藤堂駿平を訪ねたときには、そんなけぶりもなかった。藤堂駿平の今度の旅行も表面は個人の資格で、日ソ親善を目的としていた。ソヴェト側では、大規模に歓迎の夕べを準備した。その報道が新聞に出たとき、秋山宇一は、
「到頭来ましたかねえ」
と感慨ふ
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