\―そう云っていいんでしょう」
中館の承認を求めた。
「髷ものは、日本の封建社会の批判として制作されるんでなくては存在の意味がないという主張なんです。そして、そういう芸術としての日本映画の髷ものは、全く未開拓だと云うわけなんです」
こんどベルリンで公開されようとしている作品は、徳川末期の浪人生活をリアリスティックに扱って、武家権力が崩壊してゆく姿を物語っているのだそうだった。
「――結構じゃありませんか」
「なにしろ、二年たっていますからね。――われながら見ちゃいられないなんてことになったら、参っちゃうと思って」
「案外なんだろうと思うな」
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で公開された一つの日本映画について、素子が話した。日本のプロレタリア作家の作品から脚色されたもので、孤児の娘が、孤児院の冷酷な生活にたえかねて、遂にはその孤児院へ放火し、発狂してゆく悲劇であった。
「娘が逃げ出しても逃げ出しても警察につかまってひきもどされて、益々ひどい扱いをうけてゆく過程なんかリアルでしたがね。わたしは芸術的にそれほどいい作品だとは思えなかった。でも、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]じゃ好評でしたよ」
「ああ、ありゃわかるんだ」
「テーマでわかって行くんだ」
中館公一郎と川瀬勇が同時に、互の言葉でぶつかりあった。
「ああいうテーマは、国際的なんでね。――あれは、これまでの日本映画の空虚さを、ああいう国際的なテーマへまでひきずり出したところに意味があったんだ」
そう云えば、伸子が思い出しても、「何が彼女をそうさせたか」というその悲劇の手法は、ドイツ映画の重さ、暗さを追ったものだった。
「中館さんの、それ、何ていう題?」
「こっちの会社の案じゃあ、シャッテン・デス・ヨシワラ、に落ちつきそうなんです」
「シャッテンて?」
伸子がききかえした。
「影、ってんでしょう」
「――じゃあ……吉原の影?」
みんな黙りこんだなかへ川瀬勇がプーとつよくタバコの煙をふいた。そのタバコの煙のふきかたは、だまっているみんなが、そういう改題には不満である気持を反映した。
「やっぱり、そんなもんかなあ」
遺憾そうに素子がつぶやいた。
「それにしちゃあよく『太陽のない街』がそのまんまの題で出るんだな」
「そりゃちがうもの――出版屋からしてこっちのだもの。そういう意味から云えば、いっそ『何が彼女を』なら、そのまんまで行くのさ」
「そりゃそうですがね」
中館は伸子にききわけられなかったベルリンの興行会社の名を云った。
「あすこじゃ、あれを蹴ったんだ」
その同じ会社が、こんど中館の作品を買おうというのだった。
「ふうむ。そこなんだ、いつも……」
「――だろう?」
川瀬勇の眼玉のギロリと行動的な相貌と、太い黒ぶち眼鏡と重なりあっている濃い眉のニュアンスのつよい中館公一郎の顔とが、瞬間まじまじと互の眼のなかを見つめあった。
中館のこころもちはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に来ていたときより、ずっと実際的な問題にみたされている。伸子はベルリンへ来て間もなくそれに気づいていた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で会ったときは、ふるい歌舞伎の世界にいたたまれなくなって、そこから脱出しようとしていた長原吉之助の方が思いつめていた。あれからベルリンへかえって、七八ヵ月の生活が中館公一郎に何を経験させたかは、伸子にはかり知られないことだった。しかし、川瀬勇との話しぶりは、いつも会っていて、何か継続的な問題について論じあっている友達同士のもの云いであり、省略の中に二人に通じる何か根本的な問題がふれられていることを、伸子に感じさせるのだった。
「――実際、映画や演劇って奴は、ギリギリまで近代企業でいやがるからね」
眼玉の大きい顔を平手で撫でて、川瀬勇はいまいましそうに巻き舌をつかった。
「ドイツ映画にしたって、もう底をついたさ。エロティシズムにしろ、異常神経にしろ、マンネリズムだ。パプストにしたってうぬぼれるがものはありゃしないんだ。そうかって、一方じゃラムベル・ウォルフでもう限界なんだから」
映画制作が大資本を必要とするために、左翼の芸術運動が盛なように見えるベルリンでも、プロレタリア映画の制作は経済上なり立ちにくいということだった。
「このまんまトーキーにでもなったら、ドイツ映画も末路だね」
「そうさ、目に見えていら。アメリカ資本にくわれちまうんだ」
そのビール店では、入って来るなりいきなりバアに立って、たんのうするだけのむと、さっさと出てゆく人々も少くない代り、片隅へ陣どったら容易に動き出さない連中もかなりいた。それらの男女の姿が店内に煌く鏡にうつり、伸子のいる隅からは、すっかり夜につつまれた大通りの一角が眺められ
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