驍フだ。
六人の日本人がやがて腰をおろしたのは、繁華なクール・フールステンの通りの近くでベルリンでもビールがうまいので有名な一軒の店だった。カフェーよりも間口がひろびろとしていて、そのかわり奥のあさい店は三方に煌く鏡の上に賑やかな店内の光景を映している。
一隅にテーブルを見つけてかけた伸子たち一行の前へ、ガラスのビールのみになみなみとたたえられた美しい琥珀色の液体がくばられた。
「佐々君の初舞台の成功を祝す」
川瀬勇がわざと芝居がかりで云った。みんな笑いながら互にビールのみのふちをかち合わせ、男の連中は一息で三分の一ほどのみ干した。
「――こんやは特別うまい……やっぱり、もう夏だよ」
「こりゃいい。――ぶこちゃん」
乾杯のためにビールのみをもち上げただけで、川瀬が注文してくれたサラダを待っている伸子に、素子が云った。
「これなら大丈夫だよ、アルコールなんかとても少いもん――うまいなあ」
伸子は、ひとくち飲んで、そのビールの軽い芳ばしさと、甘いようなほろ苦さを快く口のなかにしみとおらせた。
「こまったわね、これは飲まないでいる方がむずかしい」
「ははははは、けだし真なり、ですね」
中館公一郎が賛成した。
「でもフロムゴリド博士がこれを見たらどんな顔をするでしょうね」
「誰? その何とかゴリドというの」
「モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の病院のお医者。――わたしはいまごろカルルスバードで鉱泉をのんでいる筈だったのよ」
「何いってるんだ。ぶこちゃん、自分からカルルスバードはやめにしたんじゃないか」
瞼のところを薄っすり赤らめた素子が、きつい語気で云った。
「へんな云いかたするのはやめてくれ」
きめつけは伸子にも意外であった。みんなしばらくはだまってしまった。
二つめのビールのみがめいめいの前に並ぶころから、こだわりもとれて、川瀬勇も中館公一郎も活気づいて雄弁になってきた。
「君たち、せっかくききに来てくれたんなら、あんな隅っこにいないで、堂々と入って来りゃよかったのに――」
素子が云った。
「恐れ、恐れ」
中館公一郎が、皮肉な誇張で首をちぢめるようにした。
「ああいうおえらがたに、われわれはあんまり近よらないことにしているんです」
「佐々君が、みんなに、自分で行ってソヴェトを見てこいと云ったときの連中の顔は見ものだったな。誰一人、うんともすんとも音を立てなかったじゃないか」
「でも、ほんとにどうしてみんな行かないんでしょうね、せっかくベルリンまで来ているのに。――あんなに慾ばって最新知識[#「最新知識」に傍点]の競争しているのに」
神経のくたびれが段々ほごされて来て艷やかな顔色にもどった伸子がきまじめな疑問を出した。
「みんなヴィクトリア通いにいそがしいからさ」
素子が云った。ベルリンには、日本人専門の女たちがいるそういう名のカフェーがあるのだった。
「でも、――まじめにさ」
「つまりお互の牽制がひどいんだな」
大きい眼玉をいくらか充血させた川瀬勇が答えた。
「あの連中のなかにだって一人や二人、ものを考えている男がいるにきまってるさ。そういう連中はソヴェトへも行って見たいんだろうが、うかつに動いて睨まれた揚句、将来を棒にふったんじゃ間尺にあわないんだろう――何しろベルリンの日本人てのは、うるさいよ」
「それはお互のことでしょう」
あっさりと、それだけユーモラスに中館が口を挾んだ。
「むこうからみれば、われわれは日本人のつらよごしなんだそうですからね」
「へえ、いやだなあ。じゃ、わたしたちは、いつの間にやらつらよごしの仲間入りってわけなのか」
「――それは心配しなくていいだろう。君たちは、ともかくベルリン在留日本人の最高権威を任じている木曜会から招待されているんだ」
笑い声の中から、それまで黙っていた村井という青年が、
「中館さん、あれ、どんな風に行きそうです?」
ビール店内のざわめきに消されまいとしてテーブルへ首をのばすように訊いた。
「――何とか行くでしょう」
「なんの話です?」
村井からタバコに火をつけて貰いながら素子がききとめた。
「中館さんが日本を立つ前に制作した映画が、近くこっちで封切りされるらしいんです」
「いいじゃありませんか」
「いいことはいいんですがね」
中館公一郎はベルリンでウファの製作所へ出入し、歌舞伎の来たときはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]でソヴ・キノの撮影所も見て来ている。どこかに渋る気持があるのもわかるのだった。
「旧作だってわけですか」
芝居や映画が好きな素子らしく追求した。
「それもありますがね――」
すると村井が、中館にかわって説明するという風に、
「中館さんは、いわゆる髷ものの制作に、一つのアンビションをもっておられるんです。
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