ス。ベルリンが世界に誇っているネオンが、往来の向い側にそびえている建物の高さにそって縦に走り、初夏の夜空へ消える青い光のリボンのように燃えていた。わきの映画館の軒蛇腹に橙色の焔の糸が、柔かい字体で、|GLORIA《グロリア》・|PALAST《パラスト》と輝やいている。色さまざまなネオン・サインは、動かない光の線でベルリンの夜景を縦横に走り、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]やウィーンで味わうことのなかった大都会の夜の立体的な息づきを感じさせる。ベルリンの夜には、闇が生きものでもあるかのように伸子を不気味にするものがある。伸子は、そういう夜の感覚の上に、中館公一郎と川瀬勇とが、なお映画、演劇の企業性について論じているのを聞いていた。
九
伸子と素子とがベルリンへ来ると間もなく、中館公一郎と川瀬勇とはつれだって、彼女たちをウンテル・デン・リンデン街のしもてを横へ入ったところにあるプレイ・ガイドのような店へつれて行った。光線の足りない狭い店の壁からカウンターの奥へかけて、ドイツ特有の強烈な色彩と図案の広告ビラがすきまなくはりめぐらされていた。そこで、二人は、この二週間のうちに伸子と素子とが、シーズンはずれのベルリンで見られる芝居、きける音楽会のプログラムをしらべた。そして、伸子たちのために数ヵ所の前売切符を買わせた。ドイツ劇場でストリンドベリーの「幽霊」をやっている。その切符。ふたシーズンうちとおしてなお満員つづきの「三文オペラ」。演奏の立派なことで定評のあるベルリーナア・フィルハルモニッシェス・オルケスタアが珍しくシーズン外にベートーヴェンの第九シムフォニーを演奏する。それと、旅興行でベルリンへ来るスカラ座のオペラがききものであったが、どっちも切符はほとんど売りきれで、伸子たちは、第九の方では柄にない棧敷席《ロッジ》のうれのこり二枚、オペラでは「カルメン」の晩三階の隅っこで二つ、やっと切符を手にいれることができた。
「さあ、これでよし、と」
背のたかい体でその店のガラス戸を押して、伸子たちを先へ往来へ出してやりながら川瀬勇が云った。
「いま、このくらいの番組がそろえば、わるい方じゃないや――じゃ、いい? 君たちきょうは美術館なんだろう?」
役所風に堂々とはしているけれども無味乾燥なウンテル・デン・リンデンの大通りへでたところで、伸子たちはその大通りのつき当りにそびえている元宮殿の美術館の方へ、川瀬たちは地下鉄の方へとふたくみにわかれた。
その日、伸子たちは、川瀬や中館の仲間がよくそこで昼飯をたべているらしい、一軒の日本料理店で彼らとおちあった。外国にある日本料理店には、ほかのところにないしめっぽくて重い一種のにおいがしみこんでいる。それは味噌だの醤油だの漬けものだのという、それこそ恋しがって日本人がたべに来る食料品から、壁やテーブルへしみこんでいるにおいだった。ときわ[#「ときわ」に傍点]とローマ字の看板を出しているその店の、そういうにおいのある食堂の人影のない片隅で、醤油のしみのついているテーブルに向いながら、伸子、素子、中館、川瀬の四人がおそい昼飯を終った。
「ここのいいところは、ちょいと時間をはずすと、このとおりがらあきなことなんだ。――食わせるものは御覧のとおり田舎くさいがね……」
ベルリン生活のながい川瀬は、懐《ふところ》都合とそのときの気分で、月のうちの幾日かは、顔のきく、そして大してのみたくもないビールをのまなくてもすむこのときわ[#「ときわ」に傍点]へ食事に来ていた。ベルリンのたべもの店には、ビールか葡萄酒がつきもので、それをとらない伸子たちは、食事ごとに、料理の代以外の税金みたいなものを酒がわりにはらわせられるのだった。
その日それから伸子たちは美術館へゆく予定だときくと、川瀬勇は、
「丁度いいや。ね、きょう行っちまおう、どうだい?」
大きい眼玉をうごかして、中館公一郎をかえりみた。
「ああ、いいだろう」
「なんのことなの?」
二人の問答にすぐ好奇心を刺戟されたのは伸子だった。
「あなたがたも、美術館に用があるの?」
「そうじゃないんだが、どうせ君たち、ウンテル・デン・リンデンへ出るんだろう?」
「ほかに行きようがあるんですか」
素子がきいた。
「やっぱり、あれが道順ですよ」
柔かに説明する中館を見つめるようにして考えをまとめていた川瀬が、
「君たち、いま金のもちあわせがあるかい?」
おもに素子に向って云った。
「――たいしてもっちゃいないけど……なにさ」
「君たちに、芝居の切符を買わせようと思うんだ。――どうせ観る気でしょう」
川瀬はそこでウンテル・デン・リンデン街のわきにあるプレイ・ガイドのような店のことをはなし、伸子たちがあらかじめ順序だてて、ベルリンに
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