ッれば噂をきいたこともなかった親戚同士が、外国の都で偶然おちあって、つき合いはじめるというのは、おかしなことだった。古い日本がつたえて来た義理がたい親類づきあいの習慣は、佐々の家庭ではいつとはなしにこわれて来ていた。そのくせ、外国で偶然同じ都会にいあわせたりすると、日本人同士というせまさから双方を近くに見て、多計代らしくベルリンにいる母方のまたいとこ、医学博士の津山進治郎に、伸子のことについて連絡してあった。
ベルリンの地下鉄が、ウェステンドあたりで高架線にかわる。そこのとある街で、大学教授の未亡人の家とかに下宿している津山進治郎と伸子が初対面したのは、主に儀礼的な動機だった。ところが、伸子は彼から思いがけないたのみを受けた。ベルリンにいる医学関係の人々の間に木曜会というものが組織されている。そこで伸子に、ソヴェトの見聞について短い話をしてくれるように、というのだった。
伸子は、こまって、返事を保留した。そして、川瀬や中館に相談した。
「津山って――軍医じゃないのかい」
大きな眼玉をもっている川瀬がその眼玉をギョロリと動かしながら、中国の青年と見まがうような長身をねじってかたわらの村井とよばれる青年にきいた。
「さあ……知らないんだ」
伸子も、医学博士津山進治郎としてしか知っていなかった。
「毒ガスの研究か何かやっている男で、そんな名をきいたように思うんだが――相当がんばるって、誰かが云っていたように思うんだが……」
「――ことわっちゃおうかしら」
教室から抜け出そうとたくらんでいる女学生のような顔つきをして伸子が云った。
「話はにがてだから、わたしはことわることが賛成なんだけれど」
そのときまで黙っていた中館公一郎が、
「お話しなさい」
濃い眉に重って一層太くまるく見える黒い眼鏡のふちの中から伸子を見て、はげますように云った。
「あっちの話はね、ききたいっていうものには話してやるのが功徳なんです」
みんなの言葉に背中を押されるようにして、伸子は、その会に出席することを承知したのだった。
伸子は気をはって、その日は定刻の午後七時きっちりに着くように、素子とつれだって日本人クラブへ行った。
その一区画は、規則ずくめなベルリン市のやりかたにしたがって、町並全体がどの家の前にも同じ様式の上り段とおどり場とを並べている。タクシーからおりた伸子は、車のなかでぬいでしまった紺フェルトの帽子をハンド・バッグにもちそえた学生っぽい姿で、その一つの入口をのぼって行った。
とりつぎらしい人の姿も見あたらなくて、がらんとしたホールに立話をしている人があった。会合のある室をその人にきいて、伸子と素子とは左手の奥に大きい両開きのドアがあけはなされている方へ行った。
その室の敷居ぎわまで行って、伸子の断髪がさっぱりとうつっている顔に困った表情があらわれた。古風なシャンデリアの強い光にてらしつけられているその室は、どの窓もすっかりカーテンをおろして夜の重々しさだった。タバコの煙がうすくこめている。細長い大テーブルのぐるりには、一見して伸子のような若い女は子供に近いものとしてしか見なさそうな年輩の風采の医学者連が多勢よりあつまっているのだった。今夜話をさせられるのは女の自分だということから、伸子は、何となし夫人同伴の組もあるように想像して来た。しかし、目の前の光景は女気ぬきでタバコと乾いた毛織物の香のみちた雰囲気だった。その室の開いたドアのところに素子と伸子とを見ずにいられない位置にいる年配の人々は、おおかた彼らの日本医学者としての権威が非常にたかくて、年かさの女学生に過ぎない風な簡素な日本の女[#「日本の女」に傍点]に、直接の注意を向けることは不見識と思われるのだろう。伸子たちとほとんど真向いのところでテーブルに頬づえをついて喋っている人。そのわきで、片腕を不精らしくテーブルの上でのばして遠くの灰皿で吸いきったタバコを消している人。彼らの視線はちらりと伸子たちの上を掃いたきりだった。
話しをするために何処《どこ》かへ招かれたということは、伸子にとってその夜の日本人クラブの会合が初めての経験だった。ほんとに自分の話をききたいと思っている人なんかなかったのだ。堪えがたい気持で伸子はその場の空気を身にうけた。もしかしたら、木曜会の幹事である津山進治郎ひとりの思いつきだったのかもしれない。来なければよかった。そのまま帰ってしまいたい気になって、伸子が、たすけをもとめるように素子と目を見合わせたときだった。伸子たちにまうしろを見せてテーブルに向っていた一人の男が、ふいと人の気配を感じたように首をねじって振向いた。津山進治郎だった。
「やあ――」
彼は、いくらかあわてたように椅子をずらして立ち上った。
「さあ、どうぞ。どうぞこちらへ。失礼し
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