gマンの高層建築のようにつまっている四角い箱の壁の、花束のおかれている列の上のところのどこかの一つに、その人が愛したものの骨壺が納められているのだろう。
磯崎恭介の子供の骨は、その納骨都市のずっとはずれの、ほとんど天井にすれすれの一区切りの中にしまわれた。2568という番地だった。黒衣の男は、脚立《きゃたつ》を片づけて、ちょっと黙祷すると、みんなをあとにのこして去った。磯崎恭介、須美子、伸子と素子。四人は一列に立って首をあおむけ、小さい子の骨のしまわれた高い高い場所を見上げた。恭介が、かすかな辛辣さで、
「これなら、順坊も昇天うたがいなしでいいや」
と云った。
伸子は小さい声で素子に、
「花を買ってくればよかった」
とささやいた。パリの、ヴォージラール街のホテルの七階の屋根裏部屋にいた伸子は理解したのだった。磯崎の子供も、この納骨都市のアパルトマンでは、やっぱり七階にいるようになったのだと。
伸子と素子とは、磯崎夫婦を送ってデュトの家へよった。そのタクシーでホテルまで帰って来た。帳場で、室の鍵といっしょに、一枚の紙きれをうけとった。ちらりと電話番号の書かれてあるのだけを見て、伸子と素子とは、ノートの紙切れをもったまま、室へあがって来てしまった。
パリで、雨の日に、淋しい子供の葬式につらなることが起ろうとは、伸子も素子も思っていなかった。二人も、ふだんの服装のままであった。二人ともベレーをかぶって。磯崎もそうだった。金のあるものなら赤坊のために教会で行うだろうような儀式は一切ぬきに、磯崎の子供は、メトロに乗せられたように火葬場の自働パイプ・オルガンの昇天のうたに送られて、何の渋滞もなくあの天井にくっついた一区切りの中に、はいって行った。その手っとり早い簡単さのなかには、伸子の心の涙を乾きあがらせる生活の容赦なさがある。
伸子は、帰って来た着もののままベッドに体をのばして、ペイラシェーズでの須美子の横顔を思いかえした。窓から流れ込むぬれた緑の光線をうけて、須美子の黒くて濃いおかっぱの上に青みがかった光があった。端正な横顔の輪廓が、悲しみにかたく鋭くされて、痛いような線だった。パイプ・オルガンが人気ない礼拝堂の空気をふるわして鳴りはじめたとき、伸子は、思わずはっとして、須美子を支えるために手をのばしそうにした。深く顫えるようなパイプ・オルガンのひと鳴りといっしょに、体をすり合わせるくらい並んでかけていた若い母である須美子の全身から一時に血がひいたように感じられたのだった。須美子は、やっと感動の打撃にたえた。そしてますますきつく両手の指を膝の上でからみ合わせながら、かたく目をつぶった。厚い美しいおかっぱのきりそろえられている頸すじを、苦痛に向ってもたげたまま。――
柔かくてひろいベッドの上に背中をのばして、伸子は須美子のことを思った。ホノルルにいた二週間が、わたしの一生のうちでは、一番幸福なときだったのかもしれませんわ。デュトの家でそう云った須美子。こんな思いがけないことになってしまってあちらの御両親は、何とお思いになるでしょう。自分の歎きよりも先にそう云った須美子。――
「ちょっと! こっちへ来られる?」
伸子は、向いの自分の室で、横になっているらしい素子に声をかけた。
「何さ」
「こっちへ来て」
「自分で来りゃいいじゃないか」
そう云いながら、やがて入って来た素子は、もうパジャマに着かえていた。
「何だ! まだそのまんまか。ぬぎなさい、ぶこ。だめだよ、いつまでも亢奮していちゃ」
伸子は、ねたまま寝台のわきへ来て立った素子の手をとった。
「ね、磯崎さんて、これからも花なんかしきゃ描かないつもりなのかしら」
「どうだか……。なぜさ、またいきなり――」
「考えていたら、妙な気がして来てしまった――磯崎さんにはあの須美子さんが見えないのかしら」
伸子は、あの[#「あの」に傍点]というところに力をこめて云った。
「須美子さんは、あんなに人生をもっているのに――」
ペイラシェーズの、つましい花束が通路のわきにささげられているあの納骨都市の下に、小さく低く並んだ四人の人間が、首を仰向け、子供の骨が、高い脚立の上に立っている黒衣の男の手で天井の下の一区切りにしまわれてゆくのを見上げていた光景、伸子がこれまで見たいろいろな画集の、どこにも描かれていないパリの生活の絵だった。
磯崎の子供の寂しい葬式のあんまり鮮やかな印象と、須美子の悲しみの真新しさは、伸子自身の悲しみの上をおおいかけていたうす皮をむくのだった。
去年の八月一日に、保は東京の家の土蔵の地下室で自殺した。伸子は、その夏、レーニングラードのデーツコエ・セローにいた。あの当座、伸子は、思いもかけない瞬間、宙にささやかれる声をきいたように八月一日、と思い出し、保は死ん
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