ト下さい」
 素子は、磯崎と一緒に伸子の室の方へはいりかけた。ベレーをかぶったまま、蒼い顔をしていた磯崎は、
「ええ」
と、曖昧に返事したが、若向きの縞の背広につつまれているやせぎすの体をこわばらして廊下に立ったきり、
「実は、思いがけないことがおこったもんで」
と云った。
「田舎にあずけてあった子供が、けさ、急になくなったんです」
「なくなった?――死んだんですか?」
「それほど悪いとは医者も思っていなかったらしいんですが……」
 磯崎の瞼の下にそがれたようなやつれが見えた。
「――つい、四五日前じゃありませんか。わたしたちが夕方、あなたの留守にデュトへ行ったのは。――あのとき、須美子さんがちょっとそんなことを話していられたけれど」
「あの次の日須美子と二人で、行って見たんです。そして、あっちのマダムもすすめるもんでパリへつれてかえって来て、そのまま病院へ入れたんです。医者もただの消化不良だって云っていたんですが」
「――子供なんて、こわいなあ。それで、どういうことになるんです? 出来ることがあったら云って下さい、何でも手伝うから……それにしても急なんだなあ」
 話の中途から、伸子は半開きにした衣裳箪笥の扉のかげにかくれて、外出のできるなりに着かえはじめた。伸子たちは、その亡くなった子供には一度も会っていなかった。ただ、フォンテンブローにあずけられている上の子と、話にきいていただけだった。あのデュトの家で、あのおかっぱの須美子が、パリにいてさえ絶えることのないああいう姑たちへの気がねの間で、子供に死なれた様子を思うと、伸子はたえがたかった。蒼白く蝋のようにかたまった小さい死んだ赤坊の顔。とじられている瞼や鼻のまわりに、紫がかったかげがあった。黒い小さい口がすこしあいている。その顔は花に埋まっている。それは伸子が十七歳の初夏に死んだ赤坊の弟の死顔だった。消化不良と云われていた美しいその赤坊は、多計代が鏡台に向って髪を結っていた、そのうしろのほろ蚊帳のなかで、眠っているうちに息がとまっていたのだった。
「子供のことなんかでおさわがせしちゃわるいと思ったんですが、須美子がたっていうもんですから。――明日の朝、十時から葬式しますから、それだけでもお知らせして置こう、と思って」
「そりゃ、わたしには知らしてもらわなくちゃ!」
 須美子の父の登坂教授に対してもすまないという風に素子は云った。
「ちょっと待って下さい。すぐ仕度しますから」
 磯崎につづいて、素子、伸子がデュトの家へ着いたとき、ドアをあけた須美子は、泣きたい涙はもう一人でいるうちにすっかり流したという疲れた蒼い顔だった。
「ごめん下さい。おさわがするようなことになってしまって」
 一人一人、素子と伸子の手を握った須美子の握手に、しずかな言葉づかいのうちに抑えられている悲しさの力がこもった。磯崎が、子供の棺のおかれている隣室へ去ったとき、須美子は、黒い服の膝の上においている両手の指をかたく組み合わせ、くい入るようにつぶやいた。
「こんな思いもかけないことになってしまって――。あちらの御両親は、何とお思いになるでしょう」

        二

 磯崎の子供の葬式の日は雨だった。
 ペイラシェーズの墓地のなかに建てられている礼拝堂のような火葬場の祭壇風の大扉のむこう側で、子供の屍をやく焔が燃えた。とけるように赤い焔の色が、そのかげに棺がはいって行った祭壇風の高いところにある扉のガラスからのぞかれるのだそうだった。磯崎恭介は、はじめて子をなくした若い父親の感情と芸術家の追究心と二つに心を奪われている表情で、その扉に顔をよせている。
 伸子と素子とは、黒い服を着た須美子をまんなかにおいて、壇の下のベンチに並んでかけていた。左手の弓形窓から、ペイラシェーズの新緑の色が、雨にぬれてうすらつめたい礼拝堂のコンクリート床の上に流れていた。ベンチのかげや、壇のかげや、そこにあるすべての物の影は、長くのびていた。自働パイプ・オルガンの鎮魂の祷りの曲が、悲しみにつつまれながら泣いていない四人の男女のいる礼拝堂の天井に響きわたった。
 一時間ばかりたったとき、僧服のような黒いなりの男が素焼の骨壺に納められた子供の骨を捧げて現れた。磯崎がその壺をうけとって、その黒衣の男の案内で礼拝堂の外廊づたいにしばらく行った。寺院めいた柱列のある一つの場所へ出た。丁度骨壺の入るだけの四角さに区切られてペイラシェーズの庭に向った一方の高い大きい壁面の全体が納骨所になっている。中央に、十字架のキリストが飾られている。その前に花束が三つ四つそなえられている。ささやかな花束は、壺を抱いている磯崎にしたがって須美子、伸子、素子がゆく外廊の煉瓦の通路の根がたにも、ところどころに置かれていた。高いアーチ形の天井の真下までアパル
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