轤ネい若い須美子が伸子に哀れに思えた。
「そのくらい、駄目?」
「たのめば、それはして下さいますけれど、……やっぱり、お気の毒で」
 素子は須美子の父の門下生で、須美子が幼い女の児だった時分からのなじみだから、パリで、磯崎のところと伸子たちとは、もっともっと内輪のつき合いがはじまりそうだった。が、それはそうでなく、はじめモンパルナスで一二度食事を一緒にしたぐらいのもので、磯崎のところでは伸子たちを食事によぶこともなかった。子供をつれた若い夫婦が、うちの食事にひとを招いたりするゆとりはない、という手間や入費の問題ではなく、磯崎は、パリの日本人たちのだらだらしたつき合いを余りのぞんでいないらしかった。何の気もなく訪問しているうちに、伸子と素子とは、磯崎のそういう感情をある程度自分たちにもわかる気持として理解した。しかしその感情では、磯崎と須美子とが必しも一つではないらしかった。須美子は、生れつき言葉のすくない心のなかにたたまれている現在のパリ生活のさまざまの思いにつれて、少女時代から知っている素子とパリで会ったことを懐しく思っているらしかった。あるとき、須美子が、
「ほんとに、何のおもてなしもできなくて」
 まんじゅう頭のおかっぱの眼をあげて、伸子たちを見まもりながら残念そうに云ったことがあった。
「そんな心配をされちゃあ、かえって困っちゃう」
 例の調子で素子があっさり云った。
「それよりか、たまには、わたしたちをひっぱりだしてもらって、うまいものでも一緒にたべましょうよ。それで結構だ」
 須美子は、まじめな表情できいていたが、いくらか唐突に、
「磯崎は、とても勉強家なんですの」
と云った。
「日本のかたが、こっちへいらっしゃって、随分無駄に時間もお金もつかっていらっしゃるのを見ているもので、磯崎は、それをひどくきらって、勉強のことしか考えていないんですの」
 パリできまった勉強の目的をもたない伸子や素子が、しげしげ磯崎の家庭に出入りすることで、夫婦の生活のこれまでの気分や調子が乱されはしまいかということを、須美子よりも恭介の方がよりつよく意識し、それをさけようとしている気分のあることが、そういう須美子の話しのかげから感じられるのだった。
「あれじゃ須美子さんがかあいそうだ」
 あとで二人きりになったとき素子が伸子に云った。
「磯崎君は神経質すぎるよ。エゴイスティックだ。もうすこし須美子さんものびのびさせてやらなくちゃ。いくら子供があるったって、須美子さんだって絵をやろうと思って結婚したんだろうし、パリへだって来ているんだろうのに、あれじゃ、あのひととしては、日本にいるより苦しいにきまってる」
 佃との家庭生活で、人をさけたがる良人をもつ若い妻の世の中をふさがれた思いを経験している伸子は、自分たちに訪ねられたときの須美子の表情に敏感だった。須美子が、ひとりでに自分の心もひらかれるような明るい顔つきで伸子たちの前に入口のドアをあけるとき、次の瞬間には、もっと複雑なかげが彼女の頭の中をかすめるのがわかってから、伸子は素子に云った。
「磯崎さんのところへはあんまり行かない方がいいのかもしれないわね。須美子さんが、気をつかうらしいもの」
 しばらく黙っていて素子は、やがて伸子の顔を横目で見ながら、
「磯崎君、不安なのさ」
と云った。そして、うすく顔をあからめて、片手で自分の顎をなで上げるしぐさをした。伸子には、素子のいう意味がすぐのみこめなかった。内面的な波だちを映す素子の癖の一つであるそのしぐさの理由もわからなかった。伸子はだまっていた。説明するように素子がつづけた。
「何しろあたしは、須美子さんを子供の時分から知っている人間だからね」
「――だから?」
「あんまり生活に立ち入られて、登坂氏に、ここでの自分の亭主ぶりを喋られたくないんだろう」
「それもあるかもしれないけれど……」
 伸子は、素子をじっと見つめた。でも、どうして素子は顔をあからめたのだろう。どんな考えが素子の心を通りすぎて、彼女の顔をあからめさせたのだろう。伸子の眼のなかが段々暗くなった。
「ね、ちょっと。あなた、須美子さんたちの生活は、あのままにしておくほか仕様がないって、知っている?」
 こんどは、素子が黙って伸子をじっと見た。
「わたしたちは、どうせじきモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ帰ってしまうんだし……なまじっか、ゆすぶったりしちゃわるいわ」
 素子は、なおだまってじっと伸子を見つづけた。伸子は、素子から作用をうけた自分の場合をはっきりと思い出して云っているのだった。佃との結婚生活がもてなくなって、佃との家庭にも居たたまれず、さりとて、まだ離婚してしまう決心もできず、ふらついていたとき、素子が伸子の前にあらわれた。それは全く偶然のめぐり合わせであ
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