ツかっている窓口の人々まで、なかなか気取っているのが特徴だった。ベルリンの日本の役人は官僚的に気取っていたが、パリのそういう日本人たちは、その人たちだけにほんとのフランスの洗煉がわかっているというように気取っているのだった。いま伸子の前で長椅子に腰をおろしている千種清二という青年は、そういう気風をもっている大使館員ごのみの服装でもなかったし、外交官めかしい表情もなかった。彼はごくありふれてごみっぽかった。それはパリにいる日本の画家たちや蜂谷良作の野暮さともちがうものだった。伸子は、
「何か御用でしたかしら」
ときいた。
「おいそがせするようでわるいけれど」
 千種というその青年は、がさっとしたところのある低い声で、
「実は、いろいろあなたの話をうかがいたくて来たんですが――」
 伸子に時間がないというのを、不機嫌にうけとっている表情をあらわにして、顔をよこに向けた。伸子の方は、千種のそんなものの云いかたや表情から、いっそう彼への冷静さを目ざまされた。伸子は反語的に、
「おうちあわせしてないのにおいで下すったものだから――失礼いたします」
と云った。そして、そのままだまりこんだ。
 千種は、長椅子にかけている上体を前へ曲げて開いている膝に肱をつっかい、髪の毛を指ですくようにした。その顔をあげて、
「僕はかねがねモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行ってみたいと思っていたんですが」
と話しはじめた。
「あなたがパリへ来られたときいて、ぜひ一度、それについて、いろいろじかにおききしたいことがあって――それで実はお邪魔したんです」
 わきにいるつや子が、そういう話には妨げになるという素振りだった。それを伸子は無視した。
「――大使館のかたが、わたしに入国許可《ヴィザ》の手つづきをおききになるのなんて、何だかおかしい」
 そういう伸子の声に、笑いにかくされている批評がこもった。
「そんなことはもちろんわかっているんです。そうじゃあなく――僕はそうじゃない方法でモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ入りたいんです」
 非合法の方法でモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行きたいという意味らしかった。何のために、そんなことを伸子にきくのだろう。伸子にそんなことを訊くような組織的でない生活をしているひとに、非合法でモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行く必要のあろう道理はない、と思えるのだった。
「わたしにおききになるのは、見当ちがいです。わたしなんか、ヴィザもヴィザ、大したヴィザで、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へは行ったんですから――藤堂駿平の紹介で……」
「それはそうでしょうが、ともかく一年以上モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいられたんだから、その間には自然いろんな関係が、わかられたはずだと思うんです」
 あいての顔を正視しないで長椅子の上に前かがみになり、心に悩みをもってでもいるらしい青年の姿態で、しつこくいう千種の上に、伸子の視線がきつくすわった。いまの伸子にパリで会っていて、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へは藤堂駿平の紹介で行ったのだったときけば、むしろ、そうだったんですか、と下げている頭も上げて、何となくびっくりした眼で伸子を見なおすのがあたりまえのような話だった。少くとも、伸子自身は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行こうとしていたころの自分と、現在の自分との間にそれだけの距離を自覚しているのだった。ところが、千種とよばれるこの青年は、そういう点については、さものみこんでいるというように無反応で、それはそうでしょうが、一年以上も云々と話をすすめて行く、その調子は、伸子に本能的な反撥を感じさせはじめた。
「一年以上モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に居りますとね、あなたの考えていらっしゃるのとは正反対のことがわかって来るんです。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に合法的にいる日本人と、非合法に行っている人たちの間には、橋がないってことが、はっきりわかるんです。ちっともロマンティックなことなんかありません――わたしは、ぴんからきりまでの合法的旅行者なんですもの」
「――」
 千種とよばれる青年は、しばらくだまって何かじりじりしているように、また髪を荒っぽく指ですいた。
「あなたの書いたものは、よんでいるんです。あなたが、ソヴェトに対してどういうこころもちをもっていられるかってことは、僕にはわかっているつもりです」
「それはそうでしょうと思うわ。わたしは、ソヴェトを評価しているんですもの。一人でもよけいにソヴェトについて、偏見のない現実をしるべきだ、と信じているんですもの。でも、わたしがそういう心もちでいるから、何か特別の
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