「る自由の伝統はドイツとはちがう。イタリー人ともちがう。はっきりそう云うんだ。一種の誇りがあるんだな。そのために、かえって、ここの共産党は社会民主主義者と自分たちの区別をはっきりしないし、右翼的になったりウルトラじみたりして、去年のフランス問題では『リュマニテ』も批判をうけたでしょう。僕に忌憚《きたん》なく云わせれば、吉見君の云った中国革命の進行についての見かただってもね、中共の側にだけたって支持することは、むしろ、我々のようなものにはやさしいと思う。――そうじゃないのかな――どっちみち、我々の時代は、資本主義社会を批判しないじゃいられなくなっているんだから。いつだって、どこの国においてだって、共産主義の理論は明晰さ。現実の理性に立って云っているんだから明瞭なわけだ。むずかしいしそれだけ興味がふかいのは、その明晰な理性が、乱麻《らんま》のような帝国主義の日々の目前の利害と延命のための権謀術数の間をぬって、どう運転され、たたかわれ、勝利を占めてゆくかという、現実のいきさつだと思うんだ。これに異議はないだろうと思うんだが……。さし当り、僕はフランス帝国主義のはらわた[#「はらわた」に傍点]にもぐりこんで、見ていてやるつもりだ。フランスの金融資本というやつはね、昔からソヴェトにだって中国にだって、見かけよりずっと深い因縁をもっているんだ」
 蜂谷は、ウィーンであった黒川隆三のように、口が達者でデマゴギストかと思うような反ソ目的をもった社会民主主義論者でもないし、ベルリンの津山進治郎のように、現代のコンツェルンを、「わかれてすすみ合してうつモルトケの戦法」と云って毒ガスの研究をしている軍国主義者でもない。死んだ保のように、善いことをするためには絶対に善い方法がとられるべきだ、と、おさなくひよわな精神の力をふりしぼって絶対の正しさを求めた若者でもない。社会主義へという一つの方向へ啓蒙しようとするばかりの論議よりも、より深い複雑なところで蜂谷良作が現実を捉えようとしたがっていることは、伸子を反撥させることではなかった。伸子自身も、ものごとの、しん[#「しん」に傍点]のしん[#「しん」に傍点]から知りたがる方なのだったから。そうして知ったものこそ、つよいと信じているのだったから。
 話しこんでいた蜂谷良作は、腕時計をのぞいて、
「――こんな時間なんだろうか」
 素子の時計と見くらべた。
「そりゃそうでしょう、芝居がはねたのが何しろ十一時すぎだったんだから」
 サン・ミッシェルの大通りはまだ宵のくちの賑やかさで、カフェーの客も女づれが目立って入れかわり立ちかわりしている。
「よわったな」
 蜂谷は、こまった額に太い横じわを現した。
「クラマールへ行く電車が一時までなんだ」
「どこなんです? そのクラマールって」
「ヴェルサイユ門から四十分ばかりのところなんだけれども――よわったなあ」
 そのよわりかたは、郊外電車にのりそこなうかもしれないことよりも、よそで泊る用意なんか全くしていない蜂谷の財布のなかの問題のように、伸子には思えた。
「ポート・ド・ヴェルサイユなら、わたしたちのところからじきじゃないのかしら。こうしたらどう? タクシーでいそいで行って見ましょうよ。それで、間にあえばいいし、間に合わなければ又そのときのことで、さ」
「そうしよう!」
 三人はカフェーを出るなりタクシーをつかまえた。行くさきをいそいで言葉すくない三人をのせ、タクシーは、明るさとざわめきにみたされているサン・ミッシェルの大通から寂しいリュクサンブール公園の裏通へはいって、ヴォージラールの長い通りをひとすじにヴェルサイユ門まで走った。
 素子がタクシーに支払いをしている間に、蜂谷良作は小走りにかけて、そこの広場に一台とまっていた電車に近づいて行った。
「間にあったんだろうか」
「どうでしょう」
 あとからそっちへゆく伸子と素子とに向って、駄目、駄目と横に手をふって見せながら蜂谷良作はもどって来た。
「出ちゃったんですか」
「いま出ちゃったんだそうです――よわったな」
 ポート・ド・ヴェルサイユからクラマールの住居までの距離がどのくらいあるのか、具体的に知らない伸子と素子とは、駒沢まで帰る玉川電車が出てしまったあとの渋谷で困ったことのある自分たちの心もちに翻訳して、蜂谷の当惑を同情した。
「タクシーで行っちゃ駄目ですか」
「遠すぎてね。パリのタクシーは、市内はやすいが、一歩郊外へ出るとメーターが倍ずつまわるから、とてもやりきれたもんじゃない」
「そんなくらいなら、わたしたちのいるガリックへ来て泊った方がよっぽどやす上りだ。――そうしちゃどうです。どんな部屋だって一晩ぐらい、かまわないんでしょう?」
 三人は、こんどはゆっくりヴォージラールの通りを逆もどりしてホテル・ガリッ
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