ラ造の方は、せめてパリにいるときだけは日本のことからできるだけ離れていようとしているようだったし、外出している間だけでも、ホテル・アンテルナシオナールとそこの一室で、沢山の荷物とともにごたついている妻や息子たちのいざこざから自由になっている自分をたのしもうとしているようだった。
 泰造は、そのときも、ふっさりとしりぶとな眉毛のある年よりの快活で血色のいい顔に、ひときわ屈托のなさそうな、明るい表情をたたえてプラタナスの樹かげにたたずんでいるのだったが、素早く指を一本立ててタクシーをとめた。
「いいチャンスだから、ひとつパリの骨董店を見せてあげよう」
 泰造は運転手に向ってボナパルト街と、行先を告げながら腰をおろした。こんな風な骨董商歩きも、東京で、泰造と伸子とが一度ならずつれだったなぐさみである。
 タクシーのなかで、伸子は軽く父の手を自分の手のなかへ執った。その動作で、泰造の注意を自分の言葉に集注させるようにしながら、
「ねえお父様、アンテルは、お母様にもう無理よ」
と云った。
「きのうも、ここには煽風機もないんだね、って歎いていらしたことよ。何とかしなくちゃ」
「うーむ。どうしたものかね……」
 泰造は、避けて来ていた重苦しい問題の前に心ならずもひき据えられた表情になった。
「どこかさがしましょうよ。夏なんだから、もう少しは居心地いいところでなくちゃ、体のためにわるいわ。――お父様、賛成なさる?」
「そりゃ大いに賛成ですよ。しかし、さがすにしても時間がない」
「お父様が賛成なら、さがす方は、わたしたちがやるわ。ただ、わたしたちのつき合いは狭いんだから、お父様が、いろんな人に会ったとき心あたりをきいて下さらなくちゃ」
「そりゃいいとも! 早速そうしよう」
 しばらく黙って、走っているタクシーの窓から街の風景を見ていた泰造は、不本意そうに、むしろ悲しんでいる語調でぽつんと云った。
「本来なら、こういうことは和一郎がするべきことだのに、あの男は一向動こうとしない。――船の中だって、そうだ」
 保がいたら、と泰造は云わないのだった。伸子は、そこに泰造の泰造らしさを感じ、その心によりそった。
「和一郎さんたちは、あの人たちだけで、しばらく離しておいてやる方がいいんじゃないの?」
「或はそうかもしれない」
 もう少し何か云いたそうな様子だったが、泰造はそれだけでやめた。
 泰
前へ 次へ
全873ページ中498ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング