ゥ分のうちにある正義の感覚や人間としての権利の主張を、理論にたって組織して、それによって、行動する習慣を身につけていない伸子は、ひたすら、いやなものをいやと感じて澄んだ眼のなかの黒い瞳を一層黒くこりかたまらせるのだった。
 伸子はしんから腑におちたという調子で、
「日本の男のひとたちが、ドイツをすくわけだわねえ」
と歎息した。
「形式ばったところや、勿体ぶって男がいばっていられるところなんか、日本そっくりなんだもの。かげへまわればグロス的でさ。女のひとは、三つのK(子供《キンダア》・台所《クーヘ》・教会《キルヘ》)だし……。ドイツが気に入っているという日本人にきいてごらんなさい、勤勉だとか几帳面がいいとかいうけれど、本質的には三分の二までの人が、ドイツの旧さや軍国主義と気があっているんだから」
「外国へ来ている日本人で腹から進歩的なのはすくないにきまってるさ」
 素子が実際的な顔つきで云った。
「旅費の工面をつけて来るものが立身を忘れちゃいられまいだろうさ」
 六月はじめの夜の八時ごろ、パリ行きの列車がとまる|ZOO《ツォー》(動物園)停車場のプラット・フォームに、ひとかたまりの日本人がいた。色さまざまなネオンにあやどられているベルリンの夜景にそむいてその一団は、輪になって興奮した調子の声でしゃべっていた。
「そんな無茶な奴ってあるもんか!」
「僕もそんなおどかしでひっこむ気はありませんがね」
「もちろんだわ。何てけちな人たちなんでしょう!」
 そう云っているのはこれからパリへ立って行こうとしている伸子だった。
 中館公一郎の「シャッテン・デス・ヨシワラ(吉原の影)」がいよいよベルリンで封切りになるについて、きょうの午後おそく試写会がもたれた。出立の時間が迫っている伸子と素子とは観に行かれなかったが、いまステーションへ見送りに来た川瀬勇たちの話によると、それを見たベルリンの日本人のなかに、いちはやく、中館公一郎をなぐっちゃえ、という声がおこっているのだそうだった。映画は徳川末期の浪人の生活苦とその人間苦を主題にして、武士階級の没落を描き出そうとしたものであったが、肩つぎの破れ衣裳を着てぼろ屋のうちに展開される貧しさや苦悩は、貧乏くさくてベルリンにいる日本人の体面をけがす、国辱だ、といきまいているのだそうだった。
「そりゃ多勢の中にはそんな奴もいるだろうが、まさか、全
前へ 次へ
全873ページ中468ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング