L子として自分のぐるりとたたかうことで精一杯だった。
 しばらくして、川辺みさ子のウィーン行きが発表された。日本へアンナ・パヴロヴァが来たり、エルマンが来たりしていた。川辺みさ子は、日本のピアニストである自分の芸術で、少くとも自分の弾くベートーヴェンで世界の音楽界を揺すぶって見せる、とインタービューで語った。伸子は、その談話を新聞でよんで覚えず手の中をじっとりさせた。
 どこかはらはらしたところのある思いで伸子は川辺みさ子がウィーンへ立つ前の訣別演奏会《フェアウェルコンサート》をききに行った。それはベートーヴェンの作品ばかりのプログラムで上野の講堂にひらかれた。一曲ごとに満場が拍手した。そして熱演によって彼女の櫛が、またふりおとされた。伸子は、座席の上で苦しく悲しく身をちぢめた。せめて、日本で最後の演奏会であるその日だけ、川辺みさ子の櫛はおとされないように、と伸子はどんなに願っていただろう。川辺みさ子のピアノは情熱的で櫛をふりおとしてしまうそうだ、という噂はいつかひろまっていた。その様子を、きょうは現実に見られるだろうかと半ばの期待でステージに視線をこらしている聴衆が、川辺みさ子のゆるやかな束髪のうしろから次第にぬけかけて来た櫛に目をつけ、やがて音楽そのものよりいつその櫛が落ちるだろうかという好奇心に集中されてゆくのが、聴衆にまじっている伸子にまざまざと感じられた。川辺みさ子が糸桜の肩模様の美しい上半身をグランド・ピアノへぶつけるようにしていくつかの急速に連続するコードをうち鳴らしたとき、彼女の髪のうしろからとんだ櫛はステージの上にはずんでおちて、ころがった。瞬間の満足感が聴衆の間を流れた。
 演奏はつづけられたが、伸子は、どうせとんでしまうものならステージへ出る前に、なぜ櫛なんかとって出て来ないのかと、川辺みさ子自身の趣味をうたがった。伸子がごく若い娘の作家であることを娘義太夫にあつまる人気になぞらえて、娘義太夫のよさは、見台にとりついてわあーっと泣き伏す前髪から櫛がおちる刹那にある、佐々伸子にこの味が加ったら云々と書かれていたのを読んだことがあった。伸子はそれを忘れることができず、意識してそれに類するどんなその注文にも応じまいとかたく決心していた。伸子のそのこころもちは、川辺みさ子の演奏会と云えばステージにおとされる櫛を期待させているような点に伸子を妥協させない
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