謔、に堂々とした住宅街にのり入れた。近代的な公園住宅で、一つ一つの邸宅が趣をこらして美しい常緑樹の木立と花園に包まれて建っていた。芝生の噴水のまわりで小さい子供が真白いエプロンをつけた乳母に守りされながら、大きい犬と遊んでいる庭園も見えた。この界隈では、富んでいるのが人間として普通であるようであり、どの家もそれを当然としてかくそうとしていなかった。旧市街の人々が、せま苦しい往来いっぱいに貧を氾濫させて、かくそうにもかくしきれずにいたとは反対に。
その住宅街を貫いて滑らかな車道と春の芽にかすみ立った並木道が、なだらかに遙か見わたせた。自分たちが決してこれらの近代的|館《マンシャン》の客となることはないのだと感じながら、伸子は贅沢に静まっている邸宅の前を次々と馬車で通りすぎて行った。伸子は、ふと、こういう邸宅のもち主にユダヤの人は一人もいないのかしら、とあやしんだ。いるにきまっていた。たとえば、ここのどの屋敷の一つかがロスチャイルド一門に属すものであったとしたら、近所の召使いたちは何と噂するだろう。うちのお隣りはロスチャイルドの御親戚なんですよ。そう云わないだろうか。そういう召使自身はポーランド人であり、旧市街《スタールイ・ゴーロド》へは足もふみ入れたことがない、ということを誇りとしていることもあり得るのだ。そのようにあり得る現実を伸子は嫌悪した。
馬車は馬の足並みにまかせてゆっくりひかれてゆく。美しい糸杉の生垣の彼方に黄色いイギリス水仙の花が咲きみだれている庭があった。その美しい糸杉の生垣も早咲きのイギリス水仙の花も、繊細な唐草をうち出した鉄の門扉をとおして、往来から見えるのだった。まるで、ここにある人生そのものを説明しているようだ、と伸子は思った。その人生は、旧市街《スタールイ・ゴーロド》のくさい建物につめこまれている夥《おびただ》しい人生とはちがうし、伸子が名を知らないあの陰気な広場へ赤旗をもって行進して来た人々の人生ともちがう。そして、糸杉と黄水仙のある人生は、それが無数の他の人生とちがうことについて満足している。――
伸子はかたわらの素子を見た。素子は火をつけたタバコを片手にもち、手袋をぬいだもう片方の指さきで、舌のさきについたタバコの粉をとりながら、馬車の上から、とりとめのない視線を過ぎてゆく景色の上においている。焦点のぼやけたその表情と、むっつりして
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