スてながら通ってゆく伸子たちの馬車は大きな塵芥すて場のわきにあるような一種のにおいにつつまれた。そこは、ワルシャワの旧市街とよばれ、昔からユダヤ人の住んでいる一廓だった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ではユダヤ劇場があり、トゥウェルスカヤの角から芸術座へ曲るところに大きい清潔なユダヤ料理店があった。伸子と素子とは、ときどきそこで一風かわった魚料理だの揚ものだのをたべた。そこの店では、いつもこざっぱりとした身じまいの女が給仕した。
 ワルシャワのここではその不潔で古い町すじに密集して建っている建物のすき間というすき間に、その内部にぎっしりつまって生きている不幸な老若子供よりもっとどっさりの南京虫が棲息していることはたしかだった。幌をあげた馬車の上から、通りの左右に惨めさを眺めて行く伸子の顔に苦しく悲しい色が濃くなった。現代になっても、こんなに根ぶかく、血なまぐさくユダヤに対する偏見がのこっていることは、ヨーロッパ文明の暗さとしか伸子に思えなかった。東京に生れて東京で育った伸子は、日本の地方の特殊部落に対する偏見も実感として知っていなかった。これまでポーランドが自分の国をあんなに分割され、自身の悲劇と屈辱の歴史をもって来たのに、そのなかでなお絶えず侮蔑するもの、人づきあいしないもの、虐殺の対象としてユダヤの人々をもって来ていることを思うと、伸子は苦しく、おそろしかった。関東の大震災のとき、東京そのほかで虐殺された朝鮮人の屍の写真を見たことがあった。虐殺という連想から伸子は馬車の上で計らずその記憶をよびおこした。
 その旧市街《スタールイ・ゴーロド》にも、きょうがワルシャワのメーデーだという気配はちっともなかった。おそらくはきのうと同じような貧しさ。不潔さ。溝ぶちに群れている子供たちのあしたもそうであろう穢さと虐げられた民の子供らの変なおとなしさ。
 伸子と素子とをのせた馬車は、葬式のような馬の足どりで旧市街を通過した。一つの門のようなところをぬけると御者が、自分もほっとしたように御者台の上へ坐り直して、ロシア語で云った。
「さて、こんどは新市街へ行きましょう」
「あっちはきれいです。立派な公園もあります」
 ついでに自分も一見物というような口調だった。
 なるほど暫くすると、伸子たちの馬車は、その馬車のいかにも駅前の客待ちらしいうすぎたなさが周囲から目立つ
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