Rで来てモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ数時間たちよった。その短い時間に素子が吉沢博士に会って、伸子の経過を話し伸子に加えられた治療について報告した。
「そりゃ、もうそこでおちついているんでしょうな」
というのが吉沢博士の意見だった。
「手あても、これ以上の方法はどこにいたってないんだとさ。日本へかえって一ヵ月も温泉へ行けば、ケロッとしてしまうだろうって話しだったよ」
そう素子がつたえた。伸子は、
「日本へかえって温泉へ行くって?……」
たちまち不安そうにした。
「わたしたち、逆へ行こうとしているんじゃないの」
「日本へ帰ったらば、ということさね。おっかさんは、吉沢さんに電報をうつようにたのんでるんだそうだ。君の様子しだいで、あっちがたつかどうかをきめるわけになってるらしいよ」
訊くような眼つきで伸子はそういう素子の顔を見た。何と妙な――だから多計代は率直に、わたしも西洋を見て来たいし、と言ってしまえば誰の気持もさっぱりしていいのに! 伸子は多計代の手紙から感じた矛盾をまたあらためて感じた。死んでもいいから生命を賭して[#「生命を賭して」に傍点]娘の見舞いに来ようとするものが、様子によってたつのをきめる、伸子が旅行してよかったらたつというのは、伸子にはくいちがったものとしてうけとれるのだった。
とにかく吉沢博士から「タテ。ヨシザワ」という電報がうたれた。伸子は四月の第一土曜日に、あしかけ四ヵ月ぶりでモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]大学病院を退院して、アストージェンカの狭い狭い素子の室へかえった。カルルスバード行きを証明したフロムゴリド教授の小さい一枚の書きつけをもって。
第二章
一
佐々伸子と吉見素子とがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を出発して、ワルシャワについたのは一九二九年の四月三十日の午後だった。
朝から車窓のそとにつづくポーランドの原野や耕地をぬらして雨が降っていた。その雨は、彼女たちがワルシャワへついてもまだやまなかった。大きく煤《すす》けたワルシャワ停車場の雨にぬれ泥によごされたコンクリートは薄暗くて、ロシア語によく似ていながら伸子たちには分らない言葉を話す群衆が雑踏していた。その雑踏ぶりは、伸子と素子とがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の停車場で見なれてい
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