Aそれに応じた手配があちらこちらへされてしまわないうちに、伸子たちは伸子たちとして自主的なプランをはっきり知らしてやることが先決問題だと考えついた。すべてが二人にとって、特に伸子にとって受けみな、追いこまれた状態になってしまわないためには。――
 伸子は一生懸命に起り得るあれやこれやの条件を考え、それについて素子に相談し、最後に一つの決定をした。それは伸子たちが、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]から出て行って、フランスでうちのものと合流する、という方法だった。
「たしかに、それも一つの方法かもしれない」
 素子もその計画に不賛成でなかった。
「わたし、そうするのが一番いいと思う。どうせわたしたちだって、いずれフランスやドイツは見ようと思っているんだし、ね、そうきめましょう、ね。――どうかそうきめて頂戴《ちょうだい》」
 伸子は肝臓の手術をうけようと思っていなかった。なお相談しているうちに、伸子は、いつだったかフロムゴリド教授が云った言葉を思い出した。肝臓に炭酸泉がきくということを。フロムゴリド教授は、真白い診察着の膝に、うす赤く清潔に洗われた手をドイツ流な肱のはりかたでおいて、鼻眼鏡をきらめかせながら、身についている鼻声で、日本には豊富な温泉があることをきいていると言った。そのとき、炭酸泉の温浴は、肝臓のためのすばらしい治療だと言った。
「いいことを思いついた。素敵! 素敵!」
 それを思い出して伸子は素子の両手をつかまえた。
「ね、ほら、ドイツのどこかにバーデン・バーデンて有名な温泉場があったじゃないの、よく小説なんかに出て来る。――それからカルルスバードっていうところも。わたし、どっちかへ行くことにする」
 ヨーロッパの温泉地がどういう風俗のところであるか、伸子たちがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]暮しの習慣と、ろくな身なり一つ持たないでその雰囲気にまじれるものかどうかということについて、何ひとつ知らない伸子は、そういうことを知らないからこその単純さで自分の思いつきにすがりついた。手術をしないようにすること。そして、国外旅行の許可を得ること。その二つのために、カルルスバードかバーデン・バーデンへ治療に行くということは、ヨーロッパの人々の常識にとってよりどころのない理由ではないはずであった。午前中相談をかさねて、伸子はさしあたっては次のよう
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